第28話(カテリーナ視点)大嫌いなあの子
物心がついた時から、わたくしには大嫌いな人がいる。
血が繋がっていることなんて認めたくないけれど、正真正銘、わたくしの妹。
「……へえ。じゃあ今、あの子は屋敷にいないのね」
メイドからの報告を聞き、椅子からゆっくりと立ち上がる。目で合図をするだけで、メイドは慌てて部屋の外へ出ていった。
馬車を手配しに行ったのだろう。長年仕えてくれているメイドだ。いちいち命令しなくたって、カテリーナの要望を理解してくれる。
イリスは朝からどこかへ出かけたという。どうせまた、ヒーロー気どりで困っている国民を助けにでも行ったのだろう。
分かりやすい人気とりだ。彼女は国の中枢に身を置くことも、他国の王子や上流貴族の妻となることもできない。
そんな彼女にできる唯一のこと。とても、王女がするようなことではない。
それなのに昔からあの子は、いつも背筋を真っ直ぐに伸ばして言うのだ。
『困っている国民を助けるのは、王女として当たり前ですもの』
なんて綺麗ごとを。
下賤の女の血を引くくせに、高貴な人間のような顔をする。そんなあの子のことが、小さい頃から大嫌いだ。
おとなしく自分が卑しい人間だと認めれば、カテリーナも慈悲深く接してやったのに。
それなのにイリスはどれだけいじめても、大切なものを奪ってみても、カテリーナの前で泣くことはなかった。
意志の強い瞳で睨み返しながら、口を閉じる。それがイリスの抵抗だ。
舌打ちし、部屋を出る。そろそろ先程のメイドが、馬車を呼んできているだろうから。
◆
馬車に乗って向かうのは、イリスが暮らす屋敷だ。イリスを宮殿から追い出したのは、幼い頃のカテリーナである。
『あんな女と一緒の場所に住みたくないわ!』
そう駄々をこねた。メイドを使って、何度もイリスに嫌がらせをした。
真冬に冷水を浴びせ、真新しいドレスに泥をかけた。
ごめんなさい。許して、お姉様。
一度でもイリスがそう言っていたら、きっと今の関係は変わっていたはずだ。
「……本当、むかつく」
身の程知らずに気高くあろうとする妹が、鬱陶しくて仕方がない。どれだけ嫌がらせをしても、きつい言葉を浴びせても、あの真っ直ぐな瞳を曇らせることはできなかった。
「でもきっと、今度は違うわ。分かるもの」
あの子の大切な物は、今まで何度も奪ってきた。
初めてできた友達。大事にしていたぬいぐるみ。母親の形見だった髪飾り。
何を奪っても、イリスは泣かなかった。けれどきっと、今度こそ、あの子の泣き顔が見られる。
ふふ、と笑みがこぼれてくるのをとめられず、カテリーナは馬車の中で笑い続けた。
◆
「イリス様!?」
屋敷の扉が開くなり、浮かれた声でメーロが叫んだ。しかしカテリーナの姿を見た瞬間、残念そうな顔をする。
そしてその数秒後には、警戒し始めた。
あの子に、わたくしの悪口を散々言われたんでしょうね。
「メーロ。わたくし、貴女に会いにきたの。あの子がいないから、落ち着いて話せるでしょう?」
屋敷に入り、広間のソファーへ腰を下ろす。目が合ったメイドに、紅茶を、と命じた。
もちろん、拒まれるはずがない。イリスに仕えているとはいえ、雇用主はイリスではないのだから。
そう。この城にある物の中で、唯一、あの子の物はメーロだけ。
とんでもないスキルを持っているこの少女は、イリスの従者だという。愛人として囲っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
だが、イリスが彼女を大切にしているのは明らかだ。
「メーロ」
腕を引いて、強引にメーロをソファーに押し倒す。目を丸くしたメーロの手首は細くて、カテリーナでも簡単に抑え込むことができた。
スキルはすごいけど、この子自体の力は弱いみたいね。
それに、こういうことにも慣れてなさそうだわ。
「カテリーナ殿下! なにを……!」
紅茶を運んできたメイドが、慌ててカップをテーブルに置く。鬱陶しい、と一瞬思ったけれど、利用してやることにした。
いい証人になるわ。
「貴女はそこで見ていなさい。あとで、あの子にちゃんと伝えるために」
微笑んで、カテリーナはそっとメーロの頬を撫でた。胸元のリボンを解けば、彼女の不健康なまでに白い肌が露になる。
「あ、あの……なにを……?」
「今から、貴女を抱くの」
「……はい?」
意味が分からない、という顔でメーロは瞬きを繰り返す。
貴族社会では、女が女を愛人とするのは一般的だ。カテリーナだってその経験はある。別に、それほど女が好きだというわけではないけれど。
この子は別に、好みってわけじゃないわ。
幼すぎるし、身体だって貧相。でも顔は可愛いし、なにより、あの子のお気に入りだもの。
イリスがメーロへ向けている感情の種類までは分からない。だがなんにせよ、大切なものを汚されれば怒るだろう。あの子は、そういう子だ。
取り乱すかしら? それとも今度こそ、泣いてもうやめてくれと言うのかしら?
「ま、待ってください、あの、私は……その、イリス様、このこと知らないですよね……?」
「待って、なんて貴女が言えると思うの? イリスだって言えないわよ」
わたくしの物になって、なんて誘いじゃない。頼みでもない。
これは命令なのだ。
この子もイリスも奪われる側の人間で、わたくしは奪う側の人間。
生まれた時から、そんなことは決まっているの。
「メーロ。今から、貴女はわたくしの物になるのよ」
小さな唇を奪おうとした瞬間、ガタッ! と大きな音を立てて扉が開いた。
「……イリス? 貴女もそこで見てなさい、今からわたくしが……」
「いい加減にしろ、カテリーナ」
地を這うような低い声。慌てて顔を上げると、そこに立っていたのはファルコだった。
褐色の肌に深緑色の髪、鍛え上げられた肉体。二つの王家の血を引く兄。
なんで? どうして、ファルコお兄様がここに?
溜息を吐いたファルコが大股で近づいてくる。カテリーナに組み敷かれていたメーロを易々と救助し、荷物のように肩に背負った。
「お前が男なら、俺はお前をぶん殴っていたぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます