第26話(イリス視点)貴方の罪を

 すやすやと寝息を立て始めたメーロの頭をそっと撫でる。


 よかった。ちゃんと寝られたみたいで。


 どうして今さら孤児院の院長がメーロに手紙を寄越したのか、具体的な理由までは分からない。

 けれど彼が、メーロを利用しようとしているのは事実だろう。


 もう院長には、メーロをどうこうする権利はない。しかしそれは理屈上の問題であり、精神的にメーロが安心するには不十分のようだ。


 ずいぶん、苦しい思いをしたのね。

 前も、娼館に売りつけられそうになったから逃げ出した、と言っていたし。


 年のわりにメーロは身体が小さい。そんな彼女を娼館で働かせれば、危険な目に遭うのは明らかだ。

 それに、誰かに売られて娼館へ入った場合の多くは、給料の大半が売り主に支払われ、娼婦は一生娼館から出られないらしい。


 そんなことにならなくてよかった。


「……メーロ」


 こんな風に、誰かと同じベッドで眠るのは初めてだ。隣に誰かがいるというだけで、これほど温かな気持ちになれるのはどうしてだろう。


 妹がいたら、こんな感じだったのかしら。


 血の繋がった人間はいても、家族と呼べるような人は誰もいない。そして一生、家族を作ることは許されていない。


 イリスは現在、自由な生活を許可されている。好き勝手にいろんな場所へ行けるし、自由に使える金だってある。

 ただし、それには条件があるのだ。


 結婚、出産の禁止。

 それが、自由と引き換えに課されたもの。


 王位継承権は極めて低いとはいえ、国王の血を引くイリスには王位継承権がある。

 もしイリスに子供が生まれ、その上子供が男児であれば、ややこしい問題に発展する可能性は高い。


 反体制派の連中がイリスを担いでまとまること。王家はそれを警戒している。

 だからイリスに不満を抱かせないようにある程度の自由と金を与え、その代わり、イリスが子を産むことを禁じているのだ。


「……貴女はいつか、本当の家族を得る日がきっとくるのよね」


 とてもめでたいことなのに、想像するだけで胸が苦しくなる。そんな日がきたら、自分はちゃんと笑顔で祝福できるだろうか。

 自信はない。これから先もずっと、ここにいてくれたらいいのに。





「ちょっと出かけてくるわね。今日は昼過ぎには戻るから」


 起きたばかりのメーロにそう告げ、屋敷を出て馬車に乗り込む。目的地はペルラ孤児院。メーロが暮らしていたという孤児院だ。


 他の孤児院になら、何度も足を運んだことがある。いずれもきちんとした施設だった。


 でも、悪質な孤児院もあるのね。


 噂で聞いたことはあっても、実態はメーロに聞くまで知らなかった。

 ペルラ孤児院は個人が運営する私設の孤児院だ。国から補助を受けていない施設であり、そのため、国の基準を満たしているかどうかを確認できていない。


「……施設ごと爆発させてやろうかしら」


 浮かんだ物騒な考えを、なんとか頭から追い出す。いくら悪質な孤児院とはいえ、問答無用で爆発するわけにはいかない。

 そんなことをすれば犯罪者扱いは免れないだろう。イリスの存在自体を面倒に思い、処分しようとしたがっている連中もいるのだから。


 わたくしが国民を助けるのは、王女として当たり前のこと。

 だけど同時に、わたくしを守るためでもあるの。


 国民からの人気があるうちは、無暗に処罰することはできないだろうから。





 ペルラ修道院は、貧民街にあった。周囲の建物に比べれば大きく立派だが、外から見ても老朽化は激しい。


 古びた門に手を伸ばす。あっさりと開いた門の中に足を踏み入れると、幼い子供たちと目が合った。

 庭で遊んでいたのだろうか……と思ったが、一瞬でそうではないと気づく。


 ぼろぼろの服、こけた顔、栄養不足なことがはっきりと分かる身体。

 そして、赤く腫れた頬。


 締め出されているのね。


 玄関の扉を何度か叩くと、中から若い男が出てきた。


「……貴女は?」

「イリス・フォン・フリューゲル」


 名乗った瞬間、男が目を見開き、悲鳴のような声を上げた。

 まさかこんなところに王女がやってくるなんて、思ってもいなかったのだろう。


「ペルラ院長はいるかしら? わたくしの従者が昔、ずいぶんとお世話になったみたいで、お礼を言いにきたのよ」


 男は院長! と叫びながら、奥へ戻っていった。遠ざかるその背中を蹴りつけてやりたい衝動を必死に堪える。


 あの男も、メーロをいじめていたのかしら?

 あんなに可愛くて、純粋なわたくしのメーロを。


 少しすると、初老の男がやってきた。両手をもみしだきながら、下卑た笑みを浮かべている。

 やたらと澄んだ瞳をしているのが不気味な大男だ。


「これはこれは、イリス殿下。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」


 深々と頭を下げると、ペルラはイリスの後ろへ視線を向けた。そこにメーロがいないことを確認し、首を傾げる。

 本来なら今すぐに殴りたいところだが、我慢してイリスは満面の笑みを浮かべた。


「メーロは今はいませんの。貴方を宮殿に招待して、驚かせてあげようと思って」


 予想外の言葉だったのだろう。ペルラは目を丸くし、口を間抜けなほど開いてイリスを見つめた。


 メーロをゆすって、はした金でも要求するつもりだったのかしら?

 子供たちが困っている、なんて言って。

 そうはさせないわ。


「今から、宮殿にきていただけませんこと?」


 もちろん、この男に断る選択肢なんてあるわけがない。


 覚悟しなさい、このクズ。

 殴って終わり、なんて簡単には済ませないわ。もっとちゃんと、貴方の悪事を暴いてみせるから。

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