第五章 過去との別れ
第25話 愛情?
「手紙の内容だけど、簡単に言うと、メーロに会いたいそうよ。急にいなくなってずっと心配していた、家族として会いたい……ですって」
心配していた? 家族として?
いったい、なにを言っているのだろう。
スキルが判明する前は家畜同然の扱いをし、スキルが判明してからは、家畜未満の扱いをしてきた彼が、今さら会いたい?
私がすごいスキルを持っているって分かったから?
それとも私が、王女様と接点を持っているって知ったから?
理由は分からない。だが、手紙に書いてあることが嘘だ、ということだけは確信できる。
だってあの人は、私を……孤児院にいる子たちを、利用することしか考えてないから。
「わ、私は……会いたくない、です」
「メーロ……」
「家族だなんて思ったことはありません。話すこともありません。……その手紙、貸してください」
半ば奪いとるようにして、メーロはイリスから手紙を受け取った。そして、そのまま細かく破る。
こんなことに意味はないと分かっているけれど、あいつから届いた手紙がこの世に存在しているというだけで嫌なのだ。
幼い時、お腹が空いたと泣けばうるさいと怒鳴られ、殴られた。諦めて泣かないようになってからも、不機嫌な時は気紛れに暴力を振るわれた。
絶対に、二度と関わりたくない。
「メーロ。大丈夫よ。落ち着いて」
イリスに抱き寄せられて初めて、自分の身体が震えていることに気づいた。
優しく背中を撫でられていると、なんだか泣きたいような気持ちになる。
「院長は、貴女の書類上の親でもなんでもないわ。だから彼が今さら、メーロをどうこうする権利なんてないの」
「……はい」
「ただの他人よ。今さら、彼が貴女になにかをすることはできない」
イリスの言っていることは正しい。
けれどあの男は、正しさが通じるような男ではない。
もし今偶然にでもあの男と遭遇したらどうなるだろう。想像するだけでぞっとして、呼吸が上手くできなくなってしまう。
役立たずと怒鳴る声が、ゴミめと頬を叩かれた時の音が、食事を何度も抜かれた時の空腹が、生々しく襲いかかってくる。
「……イリス様」
震える手を、そっとイリスの腰に回す。
こんな時、どうしたらいいのかが分からない。
一人ぼっちの時は、毛布をかぶって目を閉じ、眠れるように祈り続けていた。
だけど今は一人じゃない。こうしてイリスが抱き締めて、大丈夫だと優しい言葉をかけてくれる。
だからこそ恐ろしい。この幸福な日々が、再びあの男によって蹂躙されてしまうことが。
「メーロ、大丈夫。わたくしを信じて」
「……イリス様」
「ほら、今日は貴女の好きな食べ物ばかり用意したの。一緒に食べましょう? その後も、貴女が眠るまで傍にいてあげる」
だから安心して、とイリスは優しく笑った。
「……はい、イリス様」
◆
「眠れないなら、わたくしが子守歌でも歌ってあげるわ」
メーロが横たわるベッド横の椅子に座り、イリスは子守歌を歌い始めた。
なんだかリズムのおかしい歌だ。もしかしたらイリスは、あまり歌が得意ではないのかもしれない。
歌いながら、眠くなってきた? と確認するように、イリスが時折顔を覗き込んでくる。
彼女のおかげで少しずつ眠くなってきたけれど、目を閉じてしまうのが怖い。
目を閉じればきっと、あの男を思い出すだろうから。
「……寝なかったら、イリス様は朝まで傍にいてくれますか」
口にしてしまった直後に、なんて図々しい質問だったのだろう、とさすがに気づく。
自分のことを心配して傍にいてくれるイリスに対し、もっとと望むようなことを言ってしまった。
「あ、あの、すいません、私……」
「メーロが望むなら、眠ったって朝まで傍にいるわよ」
「え?」
「貴女はもう、孤児院にいた頃のメーロじゃないの。欲しいものは欲しいって言っていいし、傍にいてほしい時は、いくらでもそう言っていいのよ」
笑いながら、イリスが布団をめくり、ベッドに入ってきた。
メーロにとっては広かったベッドも、二人だと少し狭い。
「今日は一緒に寝ましょ、メーロ」
「……イリス様。どうして、こんなによくしてくれるんですか?」
イリスが期待していた通り、メーロのスキルはハズレではなかった。
イリスのスキルとの相性もよくて、イリスにとって使える人物である、というのは事実だろう。
だけどイリスがくれるたくさんのものは、それだけじゃとても説明ができない。
「決まってるじゃない。貴女が大切だからよ」
「私が……」
「もしかしたらメーロは、わたくしを頼って申し訳ない、なんて思ってるかもしれないけれど……」
イリスにそっと頬を撫でられる。彼女の温もりにほっとして、眠ってしまいそうになった。
「わたくしは、貴女がわたくしを頼ってくれるのが嬉しいの。他の誰かじゃなくて、わたくしを頼ってくれたことが」
おやすみなさい、と微笑んで、イリスはそっとメーロの額にキスをした。
母親が娘にするような、姉が妹にするような、そんなキス。
なんだか泣きそうになって、それを誤魔化すためにぎゅっと目を閉じる。
誰かに愛されるって、もしかしたら、こういうことなのかな。
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