第18話 夢物語
「……火事!?」
騒ぎがどんどん大きくなっていき、街にいた人々が一斉に走り出す。
人々の逃げる方向を見れば、なんとなく火元の位置は分かった。
まずい。私も逃げないと……!
走り出した瞬間、なぜかこの騒ぎの中、逆走している幼女にぶつかってしまった。尻もちをついた幼女に手を差し伸べると、うわあああん! と急に泣き出す。
「えっ!? 痛かった……!? いやでも、ぶつかってきたのはそっちで……」
たぶん私に非はないと思うんだけど、やっぱり子供相手だと私が悪いのだろうか。
「怪我でもした? それなら、私が運んであげるから」
イリス様と違って力には自信がないけれど、小さな女の子くらいなら持てると思う。それに、このまま放っておくのも、なんか後味が悪いし。
そう思って伸ばしたメーロの手を、幼女は拒んだ。
「あたし、おうちにかえるの!」
「え?」
立ち上がって、幼女が走り出す。なぜか放っておけなくて、メーロはその後を追いかけたのだった。
◆
「ちょ、ちょっと待って! さすがにだめだって!」
幼女が向かった先は、火元そのものだった。
5階建ての古びた建物の1階部分が燃えていて、建物全体が煙に包まれている。既に周囲にはほとんど人がいない。
それでも何人かが泣きそうな顔で建物から離れずにいるのは、幼女と同じように、この中に家族がいるからだろう。
逃げ遅れた人はそれなりにいるらしく、窓から顔を出している人もいた。
「でも、ママが……!」
建物の中に入ろうとする幼女の手を必死でとめる。どれだけ泣いて叫ばれても、この手を放すわけにはいかない。
だってこの子が行ったところで、助けられるわけないし……!
建物が古いせいか、かなり火の回りは早い。それに確か、煙を吸うと人は具合が悪くなる……と聞いたことがある。
もしかしたら、この子の母親も室内で意識を失っているかもしれない。
「大丈夫だよ。きっとママ、もうすぐ出てくるから」
何の根拠もない言葉を口にする。だが実際、この子が母親を助けられる可能性よりは、母親が自力で脱出してくる可能性の方がまだ高いはずだ。
「むりだよ! だってママ、いま、あんまりうごけないもん。だからあたしが、おつかいに行ったんだもん……」
わあっ! と女の子は泣き出してしまった。
孤児院にいた頃、幼い子の面倒を見る機会はそれなりにあった。だから、小さい子供は苦手じゃない。
でも、こんなに泣く子は初めて……。
孤児院にいた子供たちは、おそらく同年代の子供たちに比べて、ほとんど泣かない子ばかりだったのだと思う。
泣いたところで誰も助けてはくれないし、場合によっては、うるさい、と殴られていたから。
……私も、小さい頃はよく殴られたんだっけ。
はっきりとは思い出せないほど昔のことなのに、考えただけで身体が強張る。
近頃は孤児院のことを思い出すことなんて、全然なかったのに。
「どうしよう……。ママ、いまね、お腹に赤ちゃんがいるの。それでね、パパはお仕事がいそがしいから、あたしがママを助けなきゃ、だってあたし、お姉ちゃんだから……」
大粒の涙をこぼしながら、助けなきゃ、と何度も繰り返す。メーロの手から逃れようと必死に抵抗する彼女を見ていると、なんだか泣きたくなった。
この子がこんな風に泣けるのはきっと、この子が愛されているから。
きっとこの子が泣いた時、この子の両親は殴ったりしないんだろう。
優しく頭を撫でて、泣かないでとそっと抱き締める。だから彼女は、こんな風に思いきり泣けるんだ。
泣いたってお腹が減るだけだ、なんて、思ったことないんだろうな。
このままだと、きっとこの子の母親は死ぬ。
その後、この子はどうなるのだろう。父親と二人で暮らすのだろうか。
母親を失った彼女は、こんな風に泣き続けられるだろうか。
「ねえ」
声をかけると、幼女は涙でいっぱいになった綺麗な瞳でメーロを見つめた。
「貴女のお母さん、私が助けてあげる」
「本当!? おねえちゃん、ありがとう!!」
曇りのない真っ直ぐな眼差しだ。この状況で、こんな風に他人を信じられる彼女が少し羨ましい。
「うん、本当。今の私、お腹いっぱいだから」
建物の中にいる人間だけを集めて、一か所に……建物の外に集める。
それができれば、彼女の母親だけでなく、建物内にいる全員を救うことができるだろう。
頼まれてもいないのに人助けをするなんて、私も変わったな。
でもまあ、きっと、イリス様だって喜んでくれるよね。
お花なんかより、ずっと。
―――
眩い光が建物全体を包み込む。燃え盛る炎よりも勢いのある光は、泣きたくなるくらい綺麗に見えた。
そして光に運ばれて、建物内にいた人々が外へやってくる。
歓喜と称賛の声に包まれながら、メーロはイリスと出会った日のことを思い出していた。
困っている時に、都合よく誰かが現れて助けてくれる。
そんなのは夢物語で、現実にはあり得ないと思っていた。
でもあの日、イリス様が私の前に現れて、私を助けてくれた。
「……だからかな」
夢物語もあるんだって、誰かに教えてあげたくなったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます