第9話 対峙

「――お前が……俺の痛武器を盗んだのかッ!!」


闇オークション会場のど真ん中。

無数の視線が注がれる中で、オタクミ・ルミナスの怒声が響き渡った。


壇上に立つ銀髪の女――セラは、視線も逸らさずに静かに彼を見つめ返す。

その腕には、あのピンク色に輝く一振り――《タクミ・ブレイザー》。


オタクミは叫んだ。


「なぜだ! 俺の魂である痛武器を……推しの尊みを……なぜ盗んだッ!!?」


オタクミの言葉は熱を帯びていた。


「その刀身に描かれたミスティアは、ただのキャラじゃない!

魂を込めて描かれ、構成され、動いて、歌って……俺の心に生きてる存在なんだ!!」


「……」


セラは無言のまま、少しだけ目線を落とす。

視線の先には、しっかりと抱きかかえた痛武器。


(……わかってる。こいつは、ただの“飾り物”なんかじゃない)


昨日、初めてこの剣を見た時。

誰もが“オモチャ”“悪趣味”と笑ったとき――


それを笑えなかった自分がいた。


あのとき感じた、不可解なひっかかり。

否定されるたびに強くなる、妙な反発心。


(“武器じゃない”と誰かが言えば言うほど……私は、それを否定したくなった)


理由なんて、明確にはなかった。

ただ、刀身に宿る“誰かの本気”が、自分の中に確かに触れたのだ。


(あんな目をしてる剣……見たことない。

自分が何者かを知ってて、それでも“笑ってる”。――不気味なくらい、自信に満ちてた)


それを証明したくて。


誰のものでもない、この《タクミ・ブレイザー》という存在が、本当に“特別”なのかを、自分の目で、感覚で確かめたかった。


セラは口を開いた。


「……金のためじゃない」


オタクミの怒気を孕んだ瞳が、一瞬揺れた。


「え?」


「誰にも、価値がないって言われた。でも……私は、そうは思えなかった」


会場がざわめく。


「飾りだ、玩具だ――ふざけた外見だと、皆が吐き捨てた。でも、私は……感じたんだよ。これは……“中身がある”って」


セラは、痛武器をそっと持ち上げた。


「この剣は、見た目じゃない。中に……何か、“想い”が詰まってる。誰かの、強い願いが」


オタクミは息をのんだ。


「それを……“証明”したかっただけ。誰のものかなんて関係なかった。ただ、私の手で、この剣の価値を――“見極めたかった”。」


言い切ったその瞳には、盗人の居直りでも、見栄でもない、確かな好奇心とプライドが宿っていた。


(……この子、マジだわ)


オタクミの怒りが、少しずつ、驚きと敬意に変わっていく。


しかし――その静寂を、鋭い一喝が破った。


「――へぇ。随分とご立派な理屈だな、セラ」


場内の奥から現れたのは、緋色のジャケットを羽織った屈強な男。

ゴリゴリの腕と歪んだ笑み、そして異様な圧を纏う男――オークションオーナー・バスレオンだった。


「何をやってるかと思えば……お前、まさか“ソレ”を横流しする気だったか?」


セラの肩が微かに震える。


「ち、違う」


「価値があると分かれば騒ぎに乗じて回収ってか?

せっかくのオークションを台無しにしてただで済むと思うなよ?」


その声は、冷笑と怒気を混ぜた悪意に満ちていた。


「その剣は俺が売る。お前は……裏切り者だ」


次の瞬間――バスレオンの掌から、赤黒い魔力弾が迸った。


「下がれ!!」


オタクミが咄嗟に飛び出し、鞘神で魔弾の一撃を弾き飛ばす。

だが、同時に放たれた一発が、セラの腕をかすめ、血が弾けた。


「ッ……!」


それでも彼女は痛武器を放さない。


オタクミの心が一気に沸騰した。


「なにしやがる!! 貴様ぁあああ!!!」


「無駄な真似はよせ、坊や。これは俺のビジネスだ。邪魔をするなら……その小娘もろとも、ただじゃおかねぇぞ?」


バスレオンが再び構える。


「おい!! 逃げるぞ!」


「待っ――!?」


セラの声が届くより早く、オタクミは彼女をお姫様抱っこで強引に担ぎ上げ、痛武器と共に跳躍した。


「えっ、ちょ、な、なにやってんの!?///」


「尊みは“全力”で守るものだッ!!!!!」


混乱のオークション会場を背に、彼は煙幕を放って飛び出した。

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