第628話

「仁は夜に美容院行くんだよね。」



『……ん。』



「髪切るの?でも、仁くんの髪伸びてな…あれ。」



ひか、それは単なるホラーだから。

俺だって髪の毛は伸びるよ、人間だから。



「ああこれ、ウィッグだからねー。」



姫はそう言うと、俺の髪を一房掴んだ。

ひかとひなちゃんが、目を見張って俺の髪の毛を凝視する。

これは翠ちゃん特性、特注のカツラだ。



「全く気がつかなかったわ。地毛見たい……。」



「なんでウィッグなの?」



『……。』



「海ではウィッグ取るもんね。可愛くしてもらってきな。」



ひかの問いかけには答えずに、言葉を濁す。

別に何かあったとかじゃない。

これは、只の俺のコンプレックス。



「…ごめんね。」



焦った表情で、俺のことを上目遣いで見つめるひかの頭を、頭を壊れ物を扱うように撫でる。



嫌いなんだ、この髪も目も肌も全てが。

嫌いだって、気持ちが悪いって言われたんだ。

それは、俺を縛り付けるには充分すぎる言葉だった。



暫く無言で歩いていると、場を和ませようと、姫が明るい声を出す。



「海、楽しみだね。」



「うん!」



「そうね。」



波乱の海旅行まで、あと7日。




────

  ────




荷物を一旦家に置きに行き、美容院まで電車で向かう。

俺の荷物を見た兄貴が、笑顔で「大漁だね」と言った。

気恥ずかしくなって、少し早く家を飛び出してきた。



電車を降りて、人の波に揺られながら大通りを歩く。

通りに面した完全予約制の人気美容院。

物語で出てきそうなお城を彷彿とさせる外装と、それに引けを取らない清掃が行き届いた内装。

扉を開けると、カランカランと軽やかな鈴の音が出迎えてくれる。



「いらっしゃいませ。」



出迎えてくれたのは、髪の毛の色が遊んでいる若いお兄さん。

見た目とは裏腹に、人が良さそうな笑顔を向けてくれる。



「お名前、お伺いしてもよろしいですか?」



『……白石です。』



「少々お待ちください。」



暫くすると、申し訳なさそうな顔をして戻ってきた。



「御予約時間まで、御待ちいただきますがよろしいですか?」



『……はい。』



俺が早く来すぎてしまったのが悪いんだ。

お兄さんは、奥からファッション誌やヘアカットの本を持ってきてくれた。

おまけにお茶まで用意してくれて、俺に一礼すると仕事に戻っていった。

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悪役姫と男装騎士 Ⅱ すい @sui_m16

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