第9話「総帥室」

「俺は、あんたについていく。」


朔はまっすぐな目で少女を見据えた。


「その言葉、絶対?」

「漢に二言はねぇ。」


少女は満足そうに頷くと、青年の方に目をやる。


「史、『黒子くろこ』に連絡。『青龍』には血液鑑定を依頼して。」

「承知しました。」

「朔、くん。私たちについてきて。本部に向かう。

それから、万が一も考えて君からも血液を採取する。ここにある血痕と照合するから。」

「お、おう…。」


____________


馬車に揺られて数十分。


車内での気まずい沈黙に胃がキリキリと痛むのを感じながら、朔はすっかり見知らぬ土地まで来た。


道中、外の景色を見ようとしたところ。同じ風景が延々と続いていたため、ここが桃源郷からどれほど離れたのかすら分からない。


少女曰く、「目隠しの術」の効果らしい。


黒猫のしっぽ亭などとは比べ物にならないほど強力で巨大な結界が当たり一体を覆っており、招かれざる客の接近を防ぐ。


ちなみに、術式範囲内には「目隠しの術」同様、気配察知の結界「影縫い」が施されているらしい。


(何を言っているのかわからねぇ…。)


16年間スラムで育ってきた少年、朔には少女の言葉がまるで異国語のように感じられ。



「お待ちしておりました。」


馬車を降りてから数分歩いたところに、とてつもなく大きい建物があった。

建物の手前、大きな門の側にいる、冷徹そうな瞳をした男性に声をかけられる。



「『創造神の落とし子クレアトーレ』、朔殿でございますね。これから総帥そうすい室へご案内いたします。出立ちはそのままで結構ですので、くれぐれも失礼がないよう、お願いいたします。」



はっきりとした口調でそう述べると、男性はさっさと門を潜って行ってしまった。


少女と青年もそれに続く。朔は一瞬怯むものの、2人の背を追いかけるように門の敷居を跨いだ。


___________



「閣下、『創造神の落とし子クレアトーレ』が参られました。飯塚いいづか千鶴ちづるおよび、巽ヶ丘たつみがおかふみも同行しております。失礼致します。」


扉を開けると、男性は一礼して、部屋に入った。

3人もそれに倣い、礼をしてから、後に続く。


総帥室は、大きな窓を背に、執務机が配置されていた。

机の上には書きかけの書類や、天体図のようなものの束が放置され、部屋のあちこちに装飾品や本、置物が乱雑に並べられており、かなり散らかっている。


そんな中、1人の壮年の男性が外の景色を眺めていた。


「総帥閣下。お久しぶりでございます。」

「やぁ、千鶴。変わりはなかったかい?」

「はい。お陰様で、私共一同、元気でやっております。」


男性はゆっくりとこちらを振り向いた。

翡翠を閉じ込めたような双眼のうち、片方は古傷により閉ざされている。


「それはよかった。その子が『創造神の落とし子クレアトーレ』だね。事情は黒子くろこから聞いたよ。厄介なことになったねぇ。まさか情報屋がなんて。付き合い方を考えないといけないねぇ。」

「その件に関しましては、朱雀におまかせを。」

「ああ、頼んだよ。それで、朔、と言ったかな。」

「はっ!?はいっ!」


突然話しかけられて、声が裏返る。


「初めまして。私は麒麟の総帥を務める、霧島翠湖きりしますいこ。よろしくね。」

「は、はい。こちらこそ(?)」


翠湖が苦笑する。


「君の身柄はしばらくこちらで預かるだけのつもりだったんだけどね。どうにも、そういうわけにはいかなくなってしまったようだ。」

「はあ。」

「最近、こちら側も随分物騒になってきていてね。自分の身は自分で守る、ということで、君にも入隊してもらおう!」

「えっ。」

「君だって、自分の弟は自分の手で助け出したいだろう。我々は君を他方の組織やらなんやらに奪われたくない。あくまで手綱は握った状態で君自身にも吠える力をつけてほしい。君はその力で弟を救える。どうだい?利害の一致というやつだ。」


おどけた調子で話す翠湖の声には、それ以外のが含まれているようにも感じられる。


「…難しいことはわかんねぇが、あんたの犬になれば晦を助けられるのか?」

「っ!」


主人への無礼に対してか、案内の男がわずかに身構えたのを翠湖は片手で制する。


「ま、そういうことだね。」

「わかった。俺は弟を守れるならそれでいい。」

「守れてないけどね。」

「なっ。」


クスクスと笑う翠湖の瞳は対照的に、無機質な翡翠を保っている。

その瞳の温度のなさ、色のなさに気づき、朔は思わず口を噤む。


「…では、一次試験を免除して、明日の二次試験に参加させます。」


案内した青年がそう告げる。表情が変わることはない。


「ああ、頼んだよ。今日はとりあえず、朱雀に泊まりなさい。千鶴、いいね。」

「はい。では、失礼致します。」

「なあ、これってもし俺が試験(?)に落ちたら、どうなるんだ?」

「……そうならないように頑張ってね。」


翠湖の怪しげな笑みに、朔は身震いする。


「え!?なんなんだ!?怖い!」


不安を残しつつ、朔は総帥室を後にした。



_______


再び外の景色に目をやると、彼は古傷をそっと撫でる。

痛みはもう、ない。

しかし、あの時の屈辱、怒り、後悔は今も瞼を閉じれば蘇ってくる。

…鬱陶しいほどの雨音と共に。


「そうだ。君に落ちてもらっては困る。君はいずれ、大きな餌となるんだから。」


翠湖は急に寂しくなった部屋で一言、そう呟いた。

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