第8話

血痕。

それは血の痕のことである。




「なんだよ…これっ!?」


工場には、血痕と肉片のようなものが残されていた。


「乾いてない。ついさっき起こったみたい。」


少女が血痕を確認する。

彼女の言うように、現場には生々しい臭いが残っている。


「まさか、かいの…?」

「分からない。」


呆然と立ち尽くす朔に、青年は優しく声をかけようとした。


「朔くん。落ち着いて。まだ君の弟と決まったわけじゃ…」

「落ち着いてられるかよ!あんたは身内が殺されたかもしれない状況で落ち着けるのか!?」

「それは…。」

「…ここに着く前、あんたたちは晦が危険だって言ったよな。なんでそんなことがわかるんだ?どうして晦がここにいたって言える?」


取り乱す朔を青年はなんとか落ち着かせようとしているが、それは無謀のように見えた。


「説明する。」


突然少女が口を開く。


「だから黙って。」

「なっ…」

「まず、私たちは『まろうど』を討伐、調査する専門の組織。『麒麟』って言えばわかる?」

「ああ…。」


『麒麟』

この国において最大の「まろうど」討伐組織。

400年前にとある陰陽師により結成され、歪みからまろうどが現れていることを発見した。


「最近、ある人たちが『創造神の落とし子クレアトーレ』って呼ばれる子供を探してる。」

「くれあ…?」

「創造神の落とし子、っていう意味。その子供は、この世界を創ったとされる、創造神と同じ能力、『創造』を持つ。」

「っ!」

「それが、君なんじゃないかな、って私たちは思っている。」

「…でも、それと晦に何の関係が?」


(自分が狙われているという事実よりも、弟を心配するのか。)


青年はわずかに目を細めながらに朔を見つめた。


「私たちのもとに流れてきた情報では、晦、くんが『創造神の落とし子クレアトーレ』って言われていた。

私たちの間では、晦、くんが、朔、くんの弟だってことも、君が自由血闘ワイルド・デュエルの常連で、どこに住んでいるのかも知れている。

もし、この情報が他の組織に流れていたとしたら…。」


「弟くんは誘拐されるために、この工場におびき寄せられた可能性の方が高い、ということ。」


青年が付け加える。

少女はいいとこを持っていきやがって、とでもいうような目で、青年を睨みつけた。


「そ、れじゃ…、晦は生きてるのか……?」

「可能性は、高い。」

「それじゃ、この肉片は…!?お、俺はどうすれば…!?」


居ても立っても居られない、といった様子で朔が少女を見つめる。

その瞳は真っ直ぐだ。


「肉片に関しては、こっちで改めて、検査する。

そして、私たちは『創造神の落とし子クレアトーレ』を保護して、本部に持ち帰るように言われている。今ここで君に与えられる選択肢は2つ。」

「1つは、1人で突っ走って、確証もないまま弟を探す。」

「もう1つは、私たちの保護下に入って、情報を元に探す。」


少女が指を立てながら選択肢を示す。


「2つ目に関しては俺たちの協力付きだよ。」


青年が優しく微笑みかけた。


「で、でも…どうしてそこまで…。あんたたちは、『俺』が目的なんだろ?」

「…何も、善意だけで君に協力するわけじゃない。」

「どういう意味だ?」

「俺たちのライバルって言えばわかりやすいかな…。とにかく、そういう組織も君のことを狙ってるって言ったでしょ?」


青年が少女の代わりに説明する。


「ああ。」

「でも、彼らは誤って、君の弟を連れて行ってしまった。本来は『創造』が欲しかった。だけど、君の弟の異能は『破壊』。その異能は酷く戦闘向きだ。どうなると思う?」

「晦は前線に出される…?」

「そう。俺たちも敵の手のうちに、大量殺戮ができる兵器が渡ったまま、というのは困るわけさ。」


肩をすくめながら述べる青年。そんな青年に少女は殺意すらもこもったような目を向けた。


「史。晦、くんは物でも、兵器でもない。」

「!おっと。…すみません。」


少し間をおいて、少女は一度、目を伏せた。

そして、再び朔に向き直った。

その瞳に先ほどの攻撃的な色はもうない。


「とにかく、私たちにもメリットがある。だから、私たちの側についてほしい。」

「…晦は、いつも俺よりもしっかりした奴だった。たまに口うるさいけど、かけがえのない弟だ。俺の、唯一の家族だ。あんたについて行けば俺は、晦を助けられるのか?」


朔の顔にはある種の不安と期待が浮かんでいる。


「絶対。」


少女はたった一言、そう言い放った。


朔は一つ、大きく深呼吸をした。


「俺は、あんたについていく。」


1人の少年は真っ直ぐ前を向いて、そう答えた。

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