ひとりで見ます

Iloha

第1話

会議で隣の席になった若い男性。


彼がさっと腰を下ろしたら、ふっと桜の香りが


した。


スポーツが好きな人だ。


ちょっと意外だね。


ゆかしい感じがしたよ。



「桜いいよね」


「君はお酒楽しまないから、ちょっと


そんなのも覚えましょう」


去年男友達がそんなことを言った。


ちょっと期待するじゃない。


「あのお酒さ、ライチの香りがするの」


そんなことも言ったんだもん。


ちょっと夜桜みよう、なんて誘われるかなって。


子どもはもう大きくなったし、


歳上の夫は私が友達と出掛けても


「いいよ、行っといで」


ってサッカー観て寝ちゃう。


だから待ってたけど、結局出掛けたのは


初夏の薔薇園。


帰りはケーキが食べたいねって寄った


老舗の喫茶店は空中庭園のすぐそば。


助手席にいた私は


「この公園、女の人が設計したんだって」


って呟いた。


「あ、だから綺麗なのかな。僕夜桜見たんだ。


仕事終わりしか空いてないよって言ったんだ


けど、友達とさ」


ねえ、綺麗だよねって私は答えたけど、


なんだ別の人行ったのかよって妬いた。


公園を設計した女の人にも妬いた。


ふん。


家に帰ってからお気に入りの香水屋さんに


小さなボトルの桜の香水を注文。


私だって奥ゆかしいんだから。


誰も行こうって言わないんだもん。


ひとりで見ますよ。


夫は電車で行く旅番組をスマートフォンで


見ながら寝てしまった。


ええ、奥ゆかしいからひとりでこっそり


見ますとも。

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