第1話 朝から迎えに来た。僕の人生初めての彼女

 ネタバラシの無い。恐らく嘘だと思われる告白を受けた翌日。

 僕が学校へ行くために家を出ると――


「おはようございます」


 笑顔を浮かべた姫柊さんが立っていた。

 まさかまだ続くのだろうか、このイタズラは。

 昨日の時点で『嘘告白です‼』みたいに終わって良かったはずだ。

 まさか嘘告白は嘘告白でも、しばらく付き合ってから振るタイプのやつか?

 だとしたら、交際経験のない僕が明らかに不利である。

 なんて陰湿ないじめを考えるのだろうか、最近の陽キャは。

 いや、昔もそれなりに陰湿ないじめはあったけど。


「ところで柊君」


 僕が家の鍵を閉めていると、後ろから姫柊さんの声が聞こえた。

 しかも妙に、強い殺気が込められている気がする。


「な、なにかな?」


 すぐさま鍵を閉めて後ろを向くと、そこには笑顔を浮かべる姫柊さんの姿が。

 それも目に見えないだけで、背後に『ゴゴゴゴ』という効果音がある気がした。

 それぐらい、威圧的な笑みを浮かべていたと思う。

 ……どこが笑った姿はまるで天使だよ。天使と悪魔が同棲してるじゃないか‼


「昨日渡した婚姻届けなんですが――」

「ごめんね。昨日書こうとした時、思いっきりコーヒーを――」

「では新しいものを渡しますね」


 鞄から新しい婚姻届けを出した姫柊さん。

 またも妻の欄が埋められていた。

 昨日渡されたものと同様である。

 イタズラにどこまで本気なんだ?


「いいですか柊君。ちゃんと書いてくださいね」

「……僕が書いたらどうするつもりなのかな?」

「もちろん、高校卒業と同時に役所へ出します‼」


 彼女は本当にあの姫柊姫さんなのか?

 僕が知る姫柊姫さんは、主席で合格した才女なのに。

 ウチの高校、割と名門の進学校なはずなのに。

 少なくても、今の彼女にその面影はない。

 きっと入学して、悪いお友達と仲良くなったんだろう。


「そもそも高校卒業前に別れる可能性は――」

「私の『緋色君とのラブラブ予定帳』にはそんな予定ありません‼」


 シレッと、姫柊さんの口から変な単語が聞こえた。

 何? ラブラブ日記って?

 またとんでもない嘘を吐かれてる気がする。

 そんな予定帳、持っているわけがないよね。

 仮に持っているとしたら、とんでもない人だ。

 というかただのヤンデレである。

 まあ僕如きを相手にありえないが。


「冗談はそのぐらいにして、早く学校に行こうよ。入学早々遅刻はしたくないし」

「では!」


 僕が姫柊さんの横を素通りしようとした時だった。

 彼女が僕の左腕に思いっきり抱きついて来た。


「……なにかな、この状態は?」

「恋人同士なんですからこれが普通です」


 すごい理屈だと思った。

 陽キャカップルは、こんなにスキンシップ多めなのか。

 陰キャな僕には苦痛でしかない。

 というかその――


「色々と当ってるんですが……その胸とか……」

「安心してください‼ ワザと当てているので‼」


 あ、安心できないよ‼ ていうか、アレか‼

 この後、姫柊さんの本命が出てきてつつもたせ的な。

 僕は左腕に当る柔らかい感触に、大変ドギマギしながら周囲を警戒する。

 見たところ変なやつはいない。

 僕の予想が外れているのか?

 でもそれならなぜ――


「スンスン。柊君のいい匂いがします」


 姫柊さんはうっとりとした顔をしていた。

 それも僕の制服の匂いをクンクンして。

 これ、本当にイタズラなのかな?

 本当に僕のことが好きなんじゃないのかな?

 いやいや。そう勘違いして、何度失敗してきた。

 僕はモテない。それが僕に関する真理の一つだ。


「そ、それよりも姫柊さん。よく僕の家を知ってたね」

「はい。柊君の家なら小学校の頃から知ってます」

「そういえばと僕たちって、意外と小中同じなんだよね」


 小学校の時は数回同じクラスになり、中学校では一度も同じクラスにならなかった。

 だから僕の中にある姫柊さんのイメージは、小学生の頃のままだ。

 昔はそれなりに話もしたけど、中学生になってからは一度も話してない。

 それが高校生になり、すぐさま告白なんておかしな話だ。

 やはり僕を揶揄って遊んでいるのだろう。


「でも姫柊さん、一度もウチに遊びに来たことないよね?」

「そんなの柊君の後をつければわかりますよ」

「それもそうか」


 ……今、すごくおかしなこと言ってなかった?


「それよりも私のこと、覚えててくれたんですね」

「そりゃあ、数少ない友達だったからね」

「そうですね‼ お友達でしたからね‼」


 さらにギュッと、僕の腕にしがみ付く姫柊さん。

 何がそんなに嬉しいのか、鼻歌まで歌ってる。

 僕としては『今では友達ですらない』。

 そんなニュアンスの言葉だったのに。


「ところで柊君。今日もお昼は購買ですか?」

「なんで君が僕の昼食事情を知ってるのかな?」

「夫の食事管理も妻の務めですから」


 スラスラと言葉が出てくるあたり。

 最早、姫柊さんの演技力は怖い。


「というわけで。そんな柊君に今日はお弁当を作って来ました」

「OBENTOU?」


 その言葉を聞いて、不思議な感覚が僕を襲う。

 とにかく、異様に震えと汗が止まらないのだ。

 明らかなのは、お弁当という言葉に反応したことだけ。

 心当たりがあるとすれば、以前妹の手作り弁当を食べたことぐらい。

 まあその時の記憶が、なぜかすっぽり頭から抜けているわけだけど。


「もしかしてその……迷惑でしたか?」


 冷や汗を掻く僕を前にして、姫柊さんが俯きがちに尋ねてくる。

 瞳はオロオロしていて、どこからどう見てもショックを受けている様子。

 仮にこれが演技だとしても、流石に放置するのは忍びなく。

 気づいた時にはもう――


「ちょうど良かったよ。たまにはいつもと違うものを食べたいと思っていたんだ~」


 僕は大嘘を吐いていた。

 学園で一番可愛い女の子。

 そんな子のお弁当を僕如きが食べる。

 それは誰が見ても戦争の始まりだ。

 特にウチのクラスではそれが顕著。

 何しろ、ウチのクラスの男子は全員女子にモテない。

 根暗で陰険で人(主にカップル)の幸せを喜ばない。

 そういうやつらの集まりだから。

 その中でも浮いてる僕って……。


「それは良かったです‼ それでご迷惑でなければなんですが……お昼をご一緒に――」

「別に構わないけど」

「本当ですか⁉」


 なぜか姫柊さんは、僕の言葉に驚いていた。

 別に驚く必要なんてないと思うんだけどな。

 そもそもお弁当をもらう以上、こちらに拒否権などないのだから。


「ならその……『あ~ん』とかをご所望しても?」

「う、うん」


 グイグイ来る姫柊さん。

 その勢いに押され、僕は色々な事を許してしまった。

 一つは一緒に昼食を食べること。

 一つはこれから互いを名前で呼ぶこと。

 一つはできるだけ毎日一緒に登下校すること。

 大まかに許したのはそれぐらい。

 携帯の番号も聞かれるかと思ったけど、なぜかそれは聞かれなかった。

 それにしてもこれが嘘告白だとしたら、一体何が目的なんだろう?

 ……仮に嘘告白じゃなかった場合、それはそれでかなり怖い状態だけど。


「じゃあ……試しに呼んでみますね」

「別に改まる必要はないと思うけど。昔は名前で呼び合ってたんだし」

「でもそれは小学生の頃の話です。中学校になったら、呼んでくれませんでしたし」

「そもそも接点がなかったからね」


 クラスは別々。二人揃って部活には入ってない。

 委員会だって違ったし。合同授業になったこともゼロ。

 大前提として、会う機会がほとんどなかった。

 僕から見ればそのはずなのに――


「そんなことありませんよ。廊下では1574回もすれ違いましたもん‼」


 姫柊――姫にしては珍しく冗談をかましてきた。

 そもそもそんな回数、普通は数えられるはずもない。


「はいはい。わかったから」

「緋色君は本当に忘れっぽいんですから‼」


 姫が子供の様に頬を膨らませて怒りを露わにする。

 それを少しだけ『可愛い』と思ったのは内緒だ。


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