Monochronicity(モノクロニシティ)
羚傭
00
この世界は、ときどき、境目を忘れる。それが「事故」になるか「侵略」になるかは──そこにいた誰かの運次第だ。
ジリジリと焼け付くような太陽の光を反射させるガラス張りの無機質なビル群と、蜘蛛の巣よりも乱雑に張り巡らされた電線が絡まる不格好な青空。その下でうんざりするほどの熱気にアスファルトが揺らぐ大通りでは、けたたましいサイレンに拡声器越しの怒声が混ざり、耳障りなクラクションが通り過ぎる。
広い車線を縁取る歩道ですれ違うのは真っ黒な日傘。日を避ける術がなく信号で立ち止まる人々は僅かな日陰に身を隠す。ビルに埋め込まれた巨大なモニターから轟くヒットチャートや、その下で事務的にポケットティッシュを配る若者の声に耳を傾ける者はおらず、誰も彼も俯いたまま蒸し暑い地獄に閉じ込められていた。そんな大通りに集まる人々には、隣に寄り添う冷えきった商店街などは目にも留まらない様子だ。
かつて街の中心だったその商店街は時代の流れに押し遣られて衰退し、もぬけの殻になって久しい。色褪せた居酒屋の看板や小洒落た喫茶店の軒先など、それぞれが面影を残したまま佇んでいる。
ここに訪れるものといえば、風が吹き込んだゴミや街路樹の落ち葉ばかり。まれに不良や浮浪者もやってくるが、そんなもので活気がつくわけでもない。ただ時が止まったのかと錯覚するほど薄暗く静かな空間がそこに横たわっていた。
日が落ちるにつれて建物の影が濃く長くなっていく頃、薄暗い商店街に小さな動きがあった。錆びたシャッター達が向かい合ったまま沈黙している中、閉めきられた中のひとつが小刻みに震え始める。風は吹いておらず周りの店に下ろされたシャッターはどれも動いていない。少しの間カタカタと揺れた後、鎧戸と地面の僅かな隙間から黒い染みがまるで意思を持っているかのようにじわりと滑り出てきた。それと同時にコツ、コツ、と低く重たい靴音が寂れた空間に響く。
少しの間アーケードの真ん中で立ち止まっていた黒い染みは、商店街の外へ向かって動き出した。靴音もそれに合わせて移動する。
途中、地面に座り込んで延々と独り言をこぼすホームレスの前を通り過ぎたが、彼はその靴音に微塵も反応を示さなかった。まるでそこに誰も居ないかのように。ただ、彼の近くで毛繕いをしていた灰色の野良猫は顔を上げ、虚空を目で追っていた。まるで目の前を誰かが歩いているかのように。数秒後、野良猫は甲高い声を上げ、弾かれたようにその場から逃げ出す。ホームレスは口を止めて走り去る猫を一瞥したが、また誰に向けてでもない独り言に没頭していった。
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