1 凡そこの世のモノではない
01
単調な電子音に意識を引きずり出された瞬間から、
灰色の夢を見ていた。空っぽの身体と、崩れた境界。絶望に震えながら夢であってくれと願っていた。………気がする。思い出そうとするほど記憶はぼやけて、鳴り続けるアラームに追いやられてしまった。
手探りで枕元のスマホを探し当てて初期設定のままのアラームを止める。時刻は午前10時。
ベッドの端に腰掛けて大きく息を吐き出すと、それまで雑音だったテレビからの声が意味を成して耳から流れ込んできた。今日も猛暑日らしい。リモコンを探しつつカーテンの隙間から外を見遣る。窓の外の通りは真夏の陽射しに焼かれ、ガラス越しに見える景色は色が薄れた写真のように遠く感じられた。
夏休みで大学の講義は無く、サークルにも所属していない暇な日ノ浦がやることと言えば、嫌々ながらバイトのシフトを増やすくらいだ。
床に転がっていたテレビのリモコンを持ち上げ、アナウンサーの声を消す。エアコンのスイッチも切り、部屋が静寂に沈む。冷気が途切れて夏の湿った空気がじわりと這い寄ってくる。
緩慢な動きで机の上に転がるワイヤレスイヤホンのケースを手に取った。イヤホンを両耳に押し込んで再生ボタンを押すと、アップテンポのドラムとベースラインが流れ出し、頭の中を叩くように響いた。
「……行くか……」
手早く着替えを済ませ、昨日コンビニで買った菓子パンとバイト先の制服を適当に詰め込んだリュックを肩に引っ掛けてようやく玄関へ向かう。たたきには草臥れたスニーカーが転がっていて、踵が内側に折れ曲がっている。履くたびに形を崩していくその姿に苛立ちが募り、つま先を床に叩きつけて無理やり足を滑り込ませた。軽くよろめいた流れでドアノブを握る。汗ばんだ掌に金属の冷たさが不自然に重く感じられて一瞬だけ手が震えた。扉を開けると、真夏の熱気が壁のように立ち塞がり、冷えた身体にのしかかる。
うんざりする暑さから気を逸したくてイヤホンから聴こえる音楽に合わせてアパートの階段を下る。背中で跳ねる大きなボックスリュックだけが楽しそうだ。
バイト先のガソリンスタンドは大通りを抜けた先にある。近くに大きな駅があるため人通りも車通りも多く、人混みが苦手な日ノ浦にとっては歩きづらいので、一つ隣の通りにある廃商店街を抜け道として使っている。
全ての店先はシャッターで塞がれ商店街としての機能は既に失っているためほとんど人とすれ違うことはない。アーケードが日除けになっていて雨も夏の暑さもある程度は防ぐことができるので、日ノ浦にとっては都合のいい道だった。たまに不良がたむろしているが、居ないものとして足早に通り過ぎれば絡まれることもない。
ただの気のせいだと思いたいが、今日はなんとなくアーケードの空気が重たく感じる。通い慣れているはずなのに見知らぬ路地のようだ。夢に囚われすぎだと頭を振って違和感を追い出した。
商店街を抜けると大通りが交わる大きな交差点にぶつかる。ちょうど歩行者信号が赤に変わったところで、今まで静かだった車道がにわかに騒がしくなる。バスの列、タクシーの群れ、配送トラックが加速する音。それらがイヤホンからの音楽をかき消す勢いで聞こえてきた。ここを渡ればすぐ目的地なので、日ノ浦はイヤホンを耳から外してケースにしまい込む。途端に周囲の喧騒が日ノ浦を取り囲んだ。加えて茹だる熱気と背中に張り付くシャツの鬱陶しさに舌打ちをした彼の隣で、カフェのプラカップを手にした制服姿の三人の女子高生が足を止めた。きゃあきゃあと女子特有の高い声すら不愉快に感じて、眉間に皺を寄せる。舌打ちを堪え、もう一度イヤホンで声を遮ろうかとパーカーのポケットに手を突っ込んだ。その時だった。
「ねぇ、昨日のイセカイTV見た?」
「見てない〜」
「あたしそれ見た。アレってこの裏にある廃商店街でしょ」
「そうなの?どんな話?」
聞き耳を立てているわけではないが、隣に立っている事もあって無意識に彼女たちの声を追ってしまう。イヤホンを探す手も、自然と止まっていた。
「なんかねー、丑三ツ時商店街ってやつ」
「丑三ツ時商店街?」
「普段はガラガラの商店街なんだけど、夜中になると異界に繋がるんだって。行方不明者が何人も出てるとかなんとか言ってた」
「へぇ〜」
怖いよねえとか、そんなの創作でしょとか、女子高校生たちは会話に夢中になっている。
「もし異界に行っちゃったときの帰り方も言ってたよね」
「そうそう、異界の商店街にただ一軒だけ営業してるお店があって、そこに――が居るって――」
そこで女子高校生の声は頭上の歩行者信号から鳴り響くメロディにかき消された。一番大事なところなのに。そう思った瞬間、女子高校生たちの会話に聞き入っていた自分が恥ずかしく思えて大股で横断歩道を渡る。
そんなもの、作り話に決まってる。なぜなら、頻繁に
しかし、なぜだろう。起きた時から居座っているあの違和感が何かに気付けと言わんばかりに意識の奥底で蠢いている感覚が強くなった気がした。
何かに追われているわけでもないのに、足早に通りを抜け、ガソリンスタンドの裏口に辿り着いた。汗が首筋を伝い、パーカーのフードがじっとりと湿っている。息を整えながらドアの取っ手を握る。冷房の効いた店内に入ると、湿った熱気から解放されて少しだけ気が楽になった。
「おはようございまぁす……」
「やぁ、おはよう日ノ浦くん」
バックヤードでは店長が休憩中だった。机の上には口を縛られたコンビニのレジ袋が転がっていて、中からサンドイッチのパッケージが覗いている。店長はいつものように呑気な笑顔を浮かべ、新聞の折り込みチラシをぱらぱらとめくっていた。
「今日も暑いね。こまめに水分摂りなよ」
「ッスね、気を付けます」
日ノ浦は適当に相槌を打って、制服の入ったリュックをロッカーに放り込む。店長は女性だからか、はたまたそういう性格だからか特に干渉してこないタイプで、こういうやりとりが気楽でいい。あとは必要以上に話しかけてくる客さえいなければ、バイトはただの単調な繰り返しで済む。
バックヤードを離れてフィールドに出る前に自動販売機で缶のジュースを買った。冷えた缶を額に当てると、少しだけ頭が冴える気がした。中身を一気飲みしてゴミ箱に缶を突っ込む。胸騒ぎはまだ消えないけれど、仕事が始まれば嫌でも頭を切り替えられるだろう。そう思って外につながるドアの前で深呼吸をしてドアノブを捻った。
外に一歩踏み出しただけで引っ込みかけていた汗が思い出したかのように流れてきた。ここ最近の暑さは異常だと、制服の襟を引っ張る。
「あ!日ノ浦さん、おはようございます!」
首の汗を拭ってうんざりしているところに、軽やかな声で名前を呼ばれた。計量機の隣でにこやかに会釈するのは先にシフトに入っていた
宇土は近所の高校に通う女子生徒で、部活が休みの日は積極的にシフトを入れているらしい。いくらガソリンスタンドに屋根があるとはいえ蒸し返すような熱気に晒されてもこんなに元気なのは運動系の部活生の特権か。内心で苦笑しつつ「おはざす」と小さく返す。
セルフのガソリンスタンドなので頻繁に動き回ることはないが、利用客から呼ばれたり空気圧の点検を勧めたり洗車を受け付けたりと案外暇ではない。汗だくで軽自動車に給油する顔馴染みのおっさんに「暑いっすね」と愛想を振りまきつつ、もうすでに帰りたい気持ちを抑え込む。
客足も落ち着いて一息ついた頃、宇土が襟で首元の汗を拭いながらげんなりした様子で声をかけてきた。
「日ノ浦さぁん、なにか涼しくなる話をしてくださいよお。暑くて溶けちゃいそうです」
「そんな無茶な……」
笑い混じりに話を切り上げようとしたが、出勤中に聞こえてきた女子高生達の会話を思い出す。そういえば、と日ノ浦は隣で手持ち無沙汰にしている宇土に尋ねてみた。
「あの、宇土さんはさ、心霊スポットとか興味ある?」
「涼しくなるってそういうことじゃないですよう!……まぁでも、怖すぎるのは嫌ですけど、興味はありますよ」
宇土が首を傾げて笑う。少し迷ったが、日ノ浦は続ける。
「……大通りの裏にある商店街って知ってる?」
「あー、あのシャッター通りですよね?なんか不気味な感じがしますけど、何かあるんですか?」
「いや、別に……ちょっと噂でさ」
と言葉を濁す。どう言おうか考えていると、遠くから聞き馴染みのある排気音が近付いてきた。
「あ!菱倉さんだ!」
ぱぁっと顔を輝かせて宇土が給油レーンに駆け寄る。帽子のアジャスターの上から垂れる明るい茶色のポニーテールが嬉しそうに跳ねた。
歩道を乗り越えて重低音を静かに響かせながら宇土の前に滑り込んで来たのは一台の赤いスポーツカー。ハッチバック車なので見た目がころんとしていて、よくスポーツカーと聞いて連想するような車高の低いセダンタイプではないが、精悍な見た目やボンネットの大きな開口部がただの大衆車ではないことを示している。
「いらっしゃいませー!」
宇土が明るい声で挨拶をすると車から降りてきた運転手が「おう、おつかれさん」と返す。
彼は
「宇土ちゃん、平日に居るの珍しいね」
「夏休みなのでシフト増やしてるんです」
「へぇ!頑張るねぇ」
陽気で車好きそうな雰囲気は、正直苦手なタイプだ。ゲームとバイトで日々をやり過ごす自分とは正反対に感じる。日ノ浦は菱倉の馴れ馴れしい態度に内で距離を置く。菱倉は慣れた動きでタッチパネルを操作しながら宇土と世間話をしていた。
「そうだ!菱倉さん、確か心霊スポット巡りが趣味って話してませんでしたっけ?」
「おぉ、そうだけど」
心霊スポットの言葉に意識が引っ張られた。菱倉以外に客は居らず、目の前を走り抜ける車の流れを見るともなしに眺めながら耳だけは宇土と菱倉の会話に集中させる。さっきもこんな事をしていたよなと一人で勝手に気まずくなるが、今更この興味を押さえつけることはできない。
「じゃあこの辺りの心霊スポットとか詳しいんじゃないですか?」
「んー、……あ、そう言えばすぐそこに廃商店街があんだけどさ」
「えっ!?」
廃商店街と聞いて思わず声が出てしまった。これでは二人の会話を盗み聞きしていたと宣言したようなものだ。慌てて「いや」とか「違う」とかまごついたところで意味はない。
「お?日ノ浦くんどうしたの」
「日ノ浦さんから心霊スポットに興味あるか聞かれたんですけど、私そんなに詳しくなくて……。だからそういうのに詳しい菱倉さんなら何か知ってるかなって」
宇土の無邪気な声に助けられた気分だが、同時に「余計なこと言うなよ」と心の中で毒づく。菱倉が感心したような面持ちでこちらに視線を向けると、いたたまれなくなって帽子のつばを軽く引き下げ、愛想笑いで濁す。
「確か日ノ浦さんも廃商店街って言ってませんでした?」
「言った、けど……」
菱倉がニヤッと笑い「お前も興味あんのか?」とからかうように言う。日ノ浦は
「幽霊とかは信じてないですけど……まぁ、ちょっとだけ」
と誤魔化しつつ、内心では菱倉の言葉に引き込まれていた。
「あそこの商店街、丑三ツ時商店街って名前なんだけどさ、知ってる?」
「丑三ツ時……ですか」
女子高生達の会話に出てきた名前と同じだ。そう言いかけて慌てて口を噤み「いや、知らないっすね」とだけ返す。
「ああ。そりゃ昔は違う名前だったし結構賑わってたらしいんだけど、今はもうほとんどシャッターが閉まっててね。夜になると、何とも言えない不気味な雰囲気が漂うんだよ」
菱倉は楽しそうに語る。
「よく聞くのは、夜中に商店街を歩いてると急にシャッターが揺れだしたり、自分とは違う足音が聞こえたりってやつだな。んで、気味悪くて早足で通り抜けようとしても、何故か出口が近付いてこない。ずっと商店街の中でループしてるんだと」
「えーっ怖い!商店街に閉じ込められちゃうってことですか!?」
宇土が胸の前できゅっと両手を握って大袈裟に身を縮める。怖いとは言うものの、その表情には隠しきれない興味が表出している。
「なんでも、あの商店街が衰退する原因になった事件があるらしい。俺も一度だけ夜に通ったことあるけど、確かに何か変な感じがしたよ。シャッターの下に黒い染みみたいなのが見えた気がしたんだよね」
そこまで話したところで、ガチャンと音を立てて給油が止まった。
「ま、続きはまた今度だな。他に気になる心霊スポットがあるなら俺の車で連れてってやるよ」
「はは……ちょっと怖いんで遠慮します」
黄色いノズルを引き抜いて菱倉が話を切り上げる。また話が中途半端なところで終わってしまった。詳しく知るどころか疑問が増えただけである。
給油口を閉じて運転席に乗り込む菱倉が「また来るよ」と笑いかける。しかしその声は唸りを上げて始動するエンジン音と排気音にほとんど掻き消されていた。
「ありがとうございましたー!」
宇土の元気な声が菱倉の赤いスポーツカーを見送る。特徴的な重低音が遠ざかると、彼女がぴょんとこっちを振り返った。
「じゃ、休憩行ってきますね!」
話の余韻に浸ることなく事務所へ戻る宇土に日ノ浦は「あぁ、うん……」と曖昧な返事しかできなかった。
その後は、菱倉の話を反芻する暇もないほど給油に来た客に呼ばれたり整備の手伝いをしたりと急に忙しくなった。それでも、頭の片隅には灰色のモヤがこびりついていた。
1時間後、休憩から戻ってきた宇土と交代で日ノ浦はバックヤードに引っ込む。持ってきたコンビニのパンをリュックから出すより先に、そそくさとスマホで動画アプリを開く。大きく並ぶ登録チャンネルのサムネイルには目もくれず、検索窓に“丑三ツ時商店街”と打ち込んだ。
「これ……か」
検索結果の一番上にイセカイTVのチャンネル名と共におどろおどろしいフォントと暗い背景のサムネイルが表示される。
【〇〇県版】地元のマイナー心霊スポット5選
タイトルにはそう書かれていた。日ノ浦は一瞬迷ったが、結局サムネイルをタップする。画面が切り替わり、聞き慣れないBGMとともに合成音声っぽいナレーションが流れ始める。
『ようこそ、イセカイTVへ。今回は〇〇県のマイナー心霊スポットを5つ紹介していくよ。まずは一つ目……丑三ツ時商店街!』
ナレーションの明るいテンションに反して、映像は廃れた商店街の静止画が映し出されるだけ。ストリートビューをキャプチャしたものらしく、見慣れた風景のはずなのに妙に不気味に感じられた。
『この商店街、昼間はただのシャッター通り。でも夜になると、異界への入り口が開くって噂なんだ。行方不明者が何人も出ていて、運良く戻ってきた人は決まって放心状態――』
「異界ねぇ……バカバカしい」
『戻ってこれた人達の話をまとめると、たった一軒だけ開いてる店がある。そこには奇妙な姿の男が居て怒りながら追い返された、とか、来た道を引き返せと言われたとか様々。かつてこの商店街で凄惨な事件が起きて、その被害者の男の霊が寂しさを紛らわせるために生きている人間を異界に引きずり込んでるって噂だよ。でもなんで引き返せとか言われるんだろうね?……さて!次の心霊スポットは――』
動画はさらに続くが日ノ浦はそこで一時停止を押した。バックヤードの蛍光灯がチカチカと瞬き、エアコンの送風口から微かに聞こえる風の音が妙に耳につく。
「どうせ創作だろ」
呟きながらも、胸の奥で蠢く灰色のモヤがまた少し濃くなった気がした。作り話だ、偶然だ、と自分に言い聞かせる。でも、女子高生や菱倉の話が重なって頭にこびりついているのも事実だ。スマホを机に置きコンビニのパンを開けて一口かじる。甘ったるいクリームが口に広がるが、味が薄く感じられた。
休憩時間が終わり、再びフィールドに戻る。太陽はまだ高く空はどこまでも青いのに、視界の端がぼんやりとモノクロに染まっているような感覚がした。
店長や宇土が退勤してしばらくした後、事務所で給油のボタン押しに勤しんでいると夜勤の担当が出勤してきた。時計を見れば19時過ぎ。予定より少し早いが引き継ぎを済ませて帰ることにする。
「じゃ、お疲れっした」
適当に挨拶を済ませ、リュックを背負ってガソリンスタンドを後にする。帰り道もまた廃商店街を通るルートだ。いつもならただの近道でしかないその道が、今日はやけに意識に引っかかる。
大通りを外れ商店街のアーケードに足を踏み入れる。日が完全に落ち、大通りを照らしていた街灯の白い光は廃商店街には届かない。暗い足元をスマホのライトで照らしながら進む。アーケードの屋根が影を濃くし、錆びたシャッターが鈍い光をうっすら反射している。
いつもと変わらないはずなのに、自分のスニーカーの足音がコンクリートに妙に大きく響き、耳に残る。いつもならこの時間に不良たちの騒がしい声が遠くで聞こえるはずだが今日はやけに静かだ。風はないのにアーケードの奥でシャッターの隙間から古い布のようなものが揺れている気がして、思わず足が一瞬止まる。「何だよ」と首を振って歩き出すが心臓が少し速く脈打っている。
イヤホンを耳に押し込み音楽で気を紛らわせようとするものの、ドラムの激しいビートが逆に胸騒ぎを煽るような気がして一曲目が終わる前にイヤホンをケースに押し込んだ。車が走り去る音が遠くで反響しているのに自分の周りだけ音が抜け落ちたような感覚に襲われて、日ノ浦はほとんど走り抜けるような速度で廃商店街から飛び出した。途中、パーカーのポケットから何かが落ちるような感覚があったがそれが何かを確認することさえできなかった。肩で息をしながら今さっき通ってきたアーケードを振り返ると、はるか遠くに大通りの灯りがほんのり見えている。
やっぱり何も起きないじゃないか。日ノ浦は安心したような、どこか物足りないような気持ちで廃商店街に背を向けてアパートを目指す。
別に期待していたわけじゃないし今まで奇妙な現象も変な事件もなく往来できていたのだから、いきなり今日おかしな出来事が起こります、なんて都合のいい作り話のようにはいかない。
「バカバカしい」
そう言い捨てるものの、胸の奥に巣食う灰色のモヤは消えるどころか少しずつ濃くなっていく気がした。
日ノ浦が商店街を通り抜けて誰もいなくなったアーケードの中間辺り。砂埃が薄く積もった地面につるりとした白い物が落ちている。それはワイヤレスイヤホンのケースだった。ポケットから何かが飛び出した感覚で立ち止まっていれば日ノ浦もケースを落としたことに気が付いただろう。しかし、意外にもそれを迎えに来たのは黒い染みだった。
どこからともなく現れたそれはコツ、コツ、と低く重たい靴音を伴ってイヤホンケースの前で立ち止まると、陽炎のように揺らぐ手がケースを拾い上げる。手のひらに乗せられたケースはじんわりとその輪郭を溶かし、半透明の手と共に空中でその姿を消した。
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