Lesson 6 『リュウちゃんって馬鹿だよね』

「ケッ!リア充がよ!」


「やだ隆太、隣に女連れててその言葉はないでしょ」


俺の腕に自らのそれを絡ませてる女が、クスクス笑って俺の叫びを否定する。



さっきからすれ違う奴ら全員がカップルで腹が立つ。


どこもかしこもクリスマスに浮き足立ってて目に余るし、流れてるクリスマスソングに微妙にノってしまう自分の体がまたうざい。



時はクリスマス前日。


所謂クリスマスイブって日に何だってあいつじゃなくて名前もあやふやな女と歩いてんだ俺は。



そりゃ、仕方ないけど。


喧嘩したんだし…あぁあああ!もう!何してんだよ俺!今頃あいつはキリヤマの野郎に!あぁもう!



「どうする?」


「何が」


「この後。もうちょっとブラブラする?」


「いや、もうホテルでいいだろ」


自分でも本当に最低な男だとは思うけど、あいつ以外の女に下心なく優しくできねぇ。



そんな俺に文句を言う事もなく、女は少しだけ悲しそうに微笑んだ。






「ごめん」


「え?」


ホテルの一室。



薄暗い室内の安っぽいベッドの上で組み敷いた女に、「悪ぃ…」ともう1度謝る。



「何、が…?」


震えた声を出して不安そうな瞳で俺を見上げる女に、自嘲気味に笑った。



「ちょい使いもんになんねぇわ」


「え?」


「たたねぇ」


まるで自分の身体が自分のじゃないような感覚。萎え切った自分に、情けない気持ちにもなった。



女の上から退いて、落ちてたパンツを拾って履くと、女に脱ぎ捨てられた衣服を渡した。



「……」


「着ろ」


溜め息を吐きながらベッドの端に腰掛けると、後ろで女が服を着る気配を感じた。



「今日は帰って」


女が着終わるのを待って、そう言う。



「分かった」


「悪ぃな」


「うん」


「あと、」


「うん?」


「もう会わねぇ」


「え?」


俺の突然の言葉に、女はドアの前で振り返り、怪訝な視線を俺に向けた。



「どう言う事?」


「もう会わねぇしセックスもしねぇって事」


「急にどうしたの?」


「もう限界」


「…そっか」


「うん」


「……」


「……」


「じゃあ…幼馴染の子と仲良くね」


「…あぁ、じゃあな」


パタンとドアが閉められ、あぁ呆気ないな、と。



でもこれが俺らの関係で、今まで連れ添った時間が長かった女だっただけに、所詮こんなものかと妙に寂しく思った。


同時にもう名前もはっきり分からないなんて、俺は本当に最低な奴なんだと今頃知った。



あいつを好きだと言っときながら他の女を抱いてた理由は、あいつに手を出しそうになるからとか言い訳してたけど、本当は。


自信が欲しかったんだ。



あいつにはたたないから。好きすぎてどうしてもたたないから。


自分は不能じゃないっていう自信が欲しくて、他の女を抱いてた。



だけどそんなのももう止めだ。他の女とも手を切る。これからはちゃんとあいつだけと向き合う。


つっても、もう手遅れかもしれないけど。



「あーくそ!」


キリヤマといるだろうあいつを思ってムシャクシャした気持ちを発散するように頭をかきむしった。



悩んでても仕方ない。


やっぱりあいつが他の男に触れられるのは我慢ならねぇ。乗り込むしかねぇ。



ベッドから勢いよく立ち上がって服を着た俺は、足早にホテルから出た。






「つってもなー…」


時間は深夜。もう少しでイブも終わり、クリスマス当日になろうとしている。



そしたら俺らの…。


記念すべき日だと言うのに、今俺はクリスマスに彩られた街を一人で歩いている。寂しい。



例えあいつらがヤってる最中でも乗り込んでやる気は満々だけど、肝心の場所が全く検討もつかん状況である。



あーやべ。


時計を見ると、23時57分。



毎年この時間は必ずあいつと二人でいた。時には俺の部屋で、時にはあいつの部屋で。


来る日を二人で祝うために。



今年はそれさえ叶わないのか。



そう思った時。



「あ、」


「あ、」


何の運命か、俺の前にあいつが現れた。



それも一人きりで歩いてきている。どこかにキリヤマがいるんじゃないかと周りを見回してもそいつの姿は見えない。どう言う事だ。



「……」


「……」


喧嘩してる手前かお互い言葉はなかったけど、鉢合わせた所で足を止めた。



マジで運命だと思わずにはいられないのは、そこがここらで1番有名なクリスマスツリーの前だったから。


クリスマスに行きたいイルミネーションスポットで上位にランクインしていたそこは、こんな時間だけどカップルで溢れてる。



そんな中、俺らは顔を見合わせて、ただ黙っていた。



時計の針が動く。



58秒、59秒、……






「「誕生日おめでとう」」


周りが「メリークリスマス!」と騒ぐ中、そう口にした俺らは、お互いが同じ事を思ってたのだと分かって笑った。



「何だ、お前こんな日に一人なのかよ?」


「それは隆太も同じじゃん!」


「生憎。俺はお前探してたから」


「私も、だよ」


「え?お前キリヤマといたんじゃねぇの?」


「いたけど、もういない」


「そりゃ、見れば分かる」


「違う。もうこの先一緒にいる事はないって事」


「は?どう言う意味だよ?」


「別れたから」


「はぁ!?フラれたのかよ!」


「何で私がフラれた確定なのか分からない」


「だってお前、キリヤマの事好きじゃん」


「……」


「何、違うの?」


「…早死にしちゃうからね」


「は?」


「私と隆太は同じ日に生まれたんだから、死ぬ日も一緒でしょ?」


「うん?」


「キリやんにはあれから指一本も触れさせてないよ」


「うん」


「セックスなんかできない」


「うん」


「隆太が私と練習してくれなかったから」


「うん」


「これ以上キリやんと一緒にいる意味ないでしょ」


「うん」


「キリやん全部分かってた」


「うん」


「キリやん優しいから私をフってくれた」


「やっぱお前がフラれたんじゃん」


「うん」


「好きだったんだろ?」


「うん」


「殴ってきてやろうか?」


「いい」


「そっか」


「1番悪いのは私だから」


「うん?」


「言ったでしょ?私腹黒いの」


「…へぇ」


「全部計算なんだって」


「はぁ」


「鈍感で馬鹿なリュウちゃんが私の気持ちに気付いてくれるためのね」


「気持ち?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る