Lesson 2 『リュウちゃん、抱っこ』
「よぉー」
「あ、隆太」
週2頻度で通う溜まり場に顔を出せば、珍しく智がいた。
前に本人は否定してたけど里紗と同姓同名の女に惚れてんのは間違いねぇし、最近は誘っても断られるばっかしてて、多分もう来る事はねんだろうなって思ってたのに。
「何してんの?」
智は膝の上にこの家の主の妹を乗せていて。なのにその子はアニ声の女と話しているから、智は俺の質問に困ったように笑ってみせた。
「隆太こそ」
「俺?俺は…まぁいつもの通り?」
「最低」
ちゃらけて言った俺の言葉に間髪入れずそう返ってくる。
「本当女の子の敵だよね」
「今更」
智の言葉を鼻で笑ってから、視線を部屋に移す。
見回した部屋の中に、一人の女を発見すると「ほどほどにしなよ」と言う智の声に軽く手を振って、女に近付いた。
「よぉー」
「よ、3日ぶり」
携帯から視線を上げた女は俺を見ると少し端に寄って、俺の座る場所を確保してくれる。
「出る?」
どっこらせとそこに腰を落とすと絡み付いてくる腕。そして近くなった距離で上目遣いで俺を見る潤んだ瞳。
「…おー、出るか」
俺は女を突き放す事なく、むしろ女の肩に腕を回して引き寄せると、頭に一つキスを落とした。
「帰るの?」
「うん」
「あ、そ。鍵閉めて出て行ってね」
俺は脱ぎ捨てられた服を拾って着ると、裸で乱れたベッドに横になる女に「またな」と言って女のアパートから出た。
すっかり暗くなった空に浮かぶ星を見て、溜め息。
…あー、やっぱ会いてぇなー。
満たされた身体とは反対に虚しい心。あいつに手を出しそうになる度他の女で発散するけど、終わった後は毎回必ずあいつに会いたくなる。
二十歳になって身体は完全に"女"になってんのに何も分かってない幼馴染みを持つと誰だって男はこうなる。
なんて自分の中で言い訳しながら、家までの道のりを急いだ。
「リュウちゃん」
「……」
こいつが俺をそう呼ぶ時はろくな事がないって長年の経験で分かってる。
「ねぇ、リュウちゃん」
「……」
分かってるけど。
「リュウちゃんこっち向いて」
「…んだよ?」
結局その声に従ってしまうのは、こいつの言う『リュウちゃん』に期待してるからだ。
「リュウちゃん、抱いて?」
「…は?」
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て。待て、待ては待つ時待とう。何だ落ち着け俺。
「な、何だと?」
「抱いてって言ってるの」
抱いて?そう言ったか今?
目の前には両手を広げて俺を見つめるこいつ。どうしたんだ急に。そういうキャラじゃないだろお前。
「おま、おま…」
「抱っこ」
「へ?」
「抱っこして」
「……」
「ハグ」
…勘違いさせんなよ!
意味を理解して、不覚にも真っ赤になってしまった顔を隠すようにこいつを片手で引き寄せた。
俺の胸に収まったこいつの背中に腕をまわしてそのままぎゅっと抱き締めた。
「……」
「……」
なんつーか…今更?
ガキの頃からハグなんて数え切れないくらいしてるし、こんなの。とか言いつつ、高鳴る胸。何だこれ、さっきヤったばっかなのに。欲求不満なのかな俺。
「…うーん」
その内、腕の中で唸り出したこいつ。
「何?」
「やっぱり抱っこって言うのはコレだよね」
「コレ?」
「うん。安心感って言うの?コレ」
「…ほぅ」
中々嬉しい事を言ってくれる。
にやける頬も、こいつの顔は俺の胸の中だから隠す必要もない。
「キリやんと抱っこした時はね、胸がこう…ドキドキしたの」
「…ふーん」
「隆太とはそんなの全然ないのにね」
可笑しいとでも言うようにフフッと笑ったこいつに少し腹が立って、腕に力を入れて顔を俺の胸に押さえ付けてやれば、「苦しい!」と反抗的。
いつの間に二人で会ってしかもハグなんかされてんだよお前は…!
「いいか里紗」
「へっ?うん」
「そのドキドキは危険だ」
「えぇ!」
「ヒトの心臓が一生の内に打つ回数は決まってるってミカモ君が言ってたろ?」
「ミカモ君?」
「図書委員だったミカモ君」
「あぁ!とっても好きだったよ私、彼の事!」
「知ってる。で、だ」
「うん」
「ドキドキするって事は心臓が早く動いてるって事だ」
「うん」
「と言う事は、」
「と言う事は?」
「早死にする」
「えぇ!」
「安心しろ、葬式する時には1番良い写りの写真を提供してやる」
「そんなの嫌だ!」
「何で?」
「私が死ぬ時は隆太が死ぬ時だよ!」
「うん」
「だって私達同じ日に生まれたんだから死ぬ日だって同じなんだから!」
「うん」
「二人で一緒に長生きするんだもん!」
「そっか」
「うん!」
「ならもう2度とキリヤマには触れないって誓えるか?」
「誓える!」
「分かった。じゃあ俺らまだまだ一緒にいられるぞ」
「良かった!」
「うん良かった」
「ずっと一緒だね!」
「あぁずっと一緒だ。なぁ里紗?」
「うん?」
「俺とこうしてたら安心?」
「うん」
「そっか。じゃあもうちょっとこうしてような」
「うん!」
「あ、でも!私がドキドキした分隆太もドキドキしなきゃ、やっぱり私の方が先に死んじゃうじゃん!」
「大丈夫。今ドキドキしてるから」
「そうなの?」
「うん」
「そっか!良かった!」
「うん良かった」
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