Lesson

雨森里子

幼馴染み

『リュウちゃん、私好きな人できた!』


あいつが少し照れ臭そうに、それでいてとても嬉しそうにそう言ったのは、大学に入学してすぐの頃だった。



『…リュウちゃん、慰めてください』


あいつが泣き腫らした顔で俺のとこに来たのは、それから1年と少しが経った時だった。






「リュウちゃん」


こいつが俺をそう呼ぶ時。



「リュウちゃんってば」


それはろくな事がない時だって、俺は長年の付き合いでもう十分だと言う程分かってる。



「リュウちゃん!」


それでも。



「…何だよ?」


最終的には応えてしまうのは、惚れた弱味だか何だか知らねぇけど、とにかく。



「私、好きな人ができちゃった!」


…俺がこいつにすっかり骨抜きにされちまってるからだ。



「お前フラれたばっかだろうがよ」


「それは言わないで!悲しいから!」


「もう次かよ」


「いやぁ私にはハードルが高すぎたんだよ、彼は。昨日も見たけど相変わらずイケメンだよね」


「イケメンならここにもいる」


「あれならもし酷い言葉でバッサリ切られてても憎めないよなぁ…」


「無視か、こら」


遠い目をしながらハァとわざとらしく溜め息を漏らしたこいつの頭を拳で小突いてやると、「痛い!」なんてオーバーに頭を抱える。



頭を抱えたいのはこっちだ、ボケ。



元々親同士が幼馴染みで、どっちも男に逃げられたのをきっかけに二人で暮らし始めたのは俺らが生まれるちょっと前。


それから二人共お腹に赤ん坊がいると知り、その数ヵ月後に俺達が生まれた。


誰の陰謀か、同じ日に。



生まれてこのかた傍から離れた事のないこいつに恋心が芽生えたのは、いつの事だか分からない。


物心ついた頃にはもう好きだった。



だから。



「最近隆太りゅうたは口が悪い上にすぐ手が出るんだからー」


たった数時間だけ早く生まれたからって何かと姉貴面するこいつに不毛な片想いをする事年の数、と言っても過言ではない。



ともを紹介してやったの誰だっけ」


「うわー、それ言う普通?でもさ、隆太も悪いよ。柏木かしわぎくんも私の事好きだとか嘘言っちゃってさー」


「だからそれは、」


「同姓同名とかってオチいらないからね!まぁ、…あの子には負けるよね」


「……」


「あー!何でそこで黙るかなぁ!嘘でも良いから私の方が可愛いよとか言ってくれない!?」


途端にぷーとむくれていく頬が面白くて、ふはっと噴き出すとキッと睨まれてしまった。



そんなこいつに笑いを堪えながら「ごめんごめん」と心の込もってない謝罪を口にして、



里紗りさは、可愛いよ」


本気の言葉を呟くと、そっちから言えと言ったくせに赤く帯びていく頬。



「そ、そんなの知ってるもん!」


照れ隠しにそう言ってみせるところがこいつらしくて、やっぱり笑えた。



智の事については本当に悪かったと思ってる。これでも。


幼稚園の頃から『保育士のタクト先生』『隣の席のハルト君』『図書委員のミカモ君』『吹奏楽部のヤスダ君』『同じバスの"ナナシ"先輩』『バイトのヨシダさん』と恋が絶えないこいつでも、その全てが本気だったって知ってるから申し訳ない気持ちもある。



でもやっぱりそれよりもホッと安堵する気持ちの方がでかいのは、俺がこいつの事を…まぁこれはもう言わなくても十分伝わったと思う。



「あ、照れた。可愛い」


「ばっ!だ、だから可愛いのは知ってるんだからもう言わなくていいの!」


大体こいつは何年も片想いする割りに全然自分をアピールしないから、やっとの事で告白しても相手がこいつの事を知らないって事がよくある。智の時だって、そうだ。



色白なところも笑うとできる笑窪も少しポッチャリとした体型だって全てが可愛いんだから、もっとアピールしたら落ちない男はいないと思うのに。


まぁだから20年以上経った今でもこいつに男ができた事がないんだし、俺的にはラッキー以外のなにものでもないんだけど。



「そ、そう言えば私、だから私、…そう!好きな人できたって言いに来たんだよ!」


必死で話を逸らすために話題を探してると思ったら、会話を冒頭に戻したこいつ。



あーもう!聞きたくねぇってんだよ!



「…今度はどこのどいつだよ」


少し不機嫌になった声を隠す事なく聞いてやると、そんな俺の変化になんて気付いてもいないように急にパッと明るくなったこいつの顔。



「ナンパしてきたキリヤマ!」


「はぁ?ナンパだぁ?」


聞き捨てならない言葉に自然に眉間に皺が寄る。



「そう、隆太が得意なナンパ!」


強調されて言われた言葉に「ちっ」と舌打ちをすると「図星だ」と意地の悪い目でからかわれる。



「今度また一緒に遊ぼうねって」


頬を緩ませて嬉しそうに笑うこいつに複雑な気持ちになる。



誰よりも傍にいる俺に目を向けないこいつに腹立たしく思うし、でもそれよりも今はやっぱりこいつをナンパしやがったキリヤマが1番ムカつく。



「高校生なんだよ、若いんだって何かもう全てが。傍にいるだけで私も元気になれちゃう」


…聞きたくねぇよ!



「若いって言ってる時点でお前はもうアウトだろ」


「何それ酷い!私がおばさんだって言いたいの!?」


「どうだか」


「もういい!隆太なんて知らない!」


それでも。



こいつが他の男ばっか見るのも、他の男のものになるのも、すっげぇ嫌だし相手の男半殺しにしてやりたいって思うけど。



「里紗」


「…ん?」


俺がこいつのように好きな奴に気持ちを伝えられないのは、



「今度こそ、頑張れよ」


…こいつの言う『リュウちゃん』に、すっかり骨抜きにされてるからだろう。

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