雨を彩る

ほしどり

雨を彩る

酷くつまらない作品を書きたい。

読んだ瞬間に誰もが投げ捨てるような。

僕にはこれを書ける自信がない。

決して面白い小説を書けるわけではない。

でも、全宇宙の知的生命体にこれを読ませて、つまらないと言わせることは僕にはできない。

意味のわからない文字の羅列も誰かしらは意外性を感じて面白いと思う。ただの日常を文字にしても面白いと感じる人はいる。

そう、この世で一番つまらない作品を書くことはこの世で一番面白い小説を書くのと同じくらい難しいことだ。


雨が薫る日。地面には湿気った落ち葉が溶けている。木々の屋根の下で僕はスマホのメモに指を走らせた。

僕は多分つまらない人間だ。特に存在に必要性は感じない。この降り続ける雨の一粒が僕の人生だろう。

緩やかに形作られ、そっと生まれ落ちる。そして、他の雨粒となんの見分けもつかないぐらいに少し燻んで、最後には甲高い音ともに弾けてどこかの流れの一部となる。

いつかは死ぬ時がくる。

どんなに足掻いたとしても足音を立てて寄ってくる。

それでいい、これが僕の作品だから。

この作品で僕は世界中の人々にため息をつかれたい。そして時間をただ無駄に過ごさせたい。


少し力んで歩き始めた。

傘に弾ける雨音と足元でリズムを刻む水の潰れる音。その簡単なオケに僕は心が動くような気がした。歩くスピード、リズムを変えて、偶には鼻歌を奏でて。

これはパレードだね。

なんて名付けようか、そうだね雨垂れパレードかな。

雨垂れのプレリュードと似たニュアンスを感じる、とても気持ちのいいパレード。

周りから見たらとても気味が悪いだろうけど、僕にとっては美しい。


やっぱり僕には書けないな。

僕の人生は彩りに溢れすぎた。こんなに美しいものがあって、面白くないものなんて書けはしないよな。いつか僕の人生のエピローグが来る頃には、急展開を用意しようか。それがいい。周りに見る人全員が作品であるから、その作品に彩りを与えてみてもいいかもしれない。

ああ、思っていたよりも面白いかもしれない。電車に乗って降りる駅の一つ前で降りてみたらどうなるかな。公園のベンチで微睡んでいるのもいいな。目を閉じて夢を広げてみようか。


突然オケが止み、大きく鳴る甲高い音と鈍く響く音で僕の作品は最期の句点を置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨を彩る ほしどり @hoshidori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る