夜更けの魔法少女

和歌宮 あかね

第1話 夜更けに君に出会ったんだ

 俺は鏡田興矢かがみだきょうや、19歳の大学生だ。

 大学生になってからというもの、一人暮らしで親の監視もないから、しょっちゅう夜更かしをしている。

 そんで夜中まで寝ずに起きて何をしているのかというと、魔法少女アニメを観まくっているのだ。

 理由は単純。彼女達の勇敢さに心打たれたからだ。

 もちのろんで可愛さにも。

 男よりも小さな体で、自分よりも大きな、例えば世界を救うために時に命すらかけてしまう。

 そんな所に幼少期の俺は胸を打たれたのだ。

 そしてそれ以来虜になってしまった。

 あとはなんと言っても恋模様が描かれているのは、毎回ヤキモキしながら、胸をキュンキュンさせながら姿勢を正して見守っている。

 一生懸命生きるのは素晴らしいと感謝している。


 あぁそうだ。

 俺は多様性を大切にしているので、薔薇だろうと百合だろうとなんだろうと気にしないぞ。


 話が逸れたが、まぁそんな理由で夜更かしをしているのである。

 流石に部屋の電気を付けっぱなしにするのは色々と良くないので、消している。

 真っ暗な中、テレビの中の彼女達は今日も今日とて、向日葵のような笑顔を浮かべている。

 大きな画面で見る方がいい!

 やはり可愛い。尊い。

 そんなことを思って鼻の下を伸ばしてニヤニヤした。


 この一話を観終わった時だった。

 そろそろ眠いから寝てしまおうとベットに向かおうとした時。

 ピカッ。ズドーン。

 窓の外から光と音が漏れ出してきた。

 光は夜にしては眩し過ぎたが、音はほんのりと聞こえるくらいだった。

 床や空気も僅かに揺れた気がしたが、それも気のせいだと言って仕舞えばそれまでのものだ。

 そういえば、ここ最近近所の古くなった建物を取り壊したりしていたから、その作業の何かかもしれない。


 そうであってほしい。

 一応の確認だがここは集合住宅だ。

 こんな派手な光があるのに、人っこ一人騒がないなんて普通はありえない。

 そう、普通は。


「イレギュラーは認めないっ!

 悪霊退散、悪鬼滅裂ぅぅ!」


 部屋に塩を撒き散らしながら叫んだ。

 カーテンがしっかりと閉まっているのを目の端で確認し、かけ布団を頭から被る。

 何も聞こえない、何も見えないと暗示をかけながら丸まる。

 どのくらいそうしていたのかは分からないが、息苦しくなってきたので、少しだけ頭を出す。

 暗い部屋は静まって、外からも何も影響を受けていない。

 髪の長い女とか和服の人間が突っ立っているとかはないようだ。


「暑い。喉乾いた」


 ゴソゴソと布団から抜け出して、冷蔵庫から冷えた炭酸水を取り出した。

 シュワシュワとした感覚が心地よく、はたまた息苦しくも感じた。

 きっと気のせいなのだ。

 取り壊し作業をしていたのだ。

 全く馬鹿なことを考えずに寝てしまおう。

 ベットに寝転んで深呼吸をして目を閉じる。

 静寂が優しく自分を包み込んでくれているようだ。

 現と夢の境に立ち落ちかけたその時だった。


『〜〜〜だって〜。ゆr〜だから〜』


 ふとそんな声が聞こえた気がした。

 脳が記憶を整理している最中に見せる夢なのか、はたまた。


『おりゃぁぁっ!』


 ハッと目が覚めた。飛び起きて部屋を見回すが誰もいない。

 耳元で聞こえたかのように感じた声はどこからのものなのか。

 あれほど恐れていたが寝ぼけた勢いのままカーテンをばっと開く。

 街はまだ闇を纏っているだけである。

 しかしその中をふと横切ったものがいた気がした。

 それは人型のような気がした。

 突然心臓がバクバクと音を立て始めた。

 走り出すような、飛び出すような初めて感じる衝動だった。

 俺の中のレーダーが何かを感知した。

 訳がわからなかったがスマホを引っ掴んで、サンダルを踏み潰し、裸足で飛び出した。

 外廊下に出てドアをバタンと閉める。

 一瞬右を見たのち、左手側に向かって走り、乾いたコンクリートの階段を駆け降りる。

 落ちそうになりながらも手すりを伝って下へ下へ、二段上から地上へ飛び降りた。

 目の前に面した道路の右側へ行き、道路の真ん中を駆けた。

 冷えた表面に乱雑に転がった小粒な石ころが地味な痛みを運ぶが、構わず空を見上げながら走る。

 空には何も浮かんではいなかったが、見上げずにはいられなかった。

 息が上がり、喉の奥から鉄の味がし、足も重くて思うように上がらない。

 どこまでいけば良いのかもわからない。

 だが、今は先のだだっ広い取り壊し後の土地に向かえば良い気がした。

 空はまだ暗い、僅かに道を照らす街灯だけが小さな安全圏を作り出す。

 その範囲を踏み潰して一歩を踏み出す。

 後数十メートル。

 そこにはきっと待っている。

 だってこんなに自分を抑えられないなんて滅多に無いじゃ無いか。



 空き地の数歩手前で止まり、息を殺しながら整えるという謎の儀式をしていた。

 手も足も震えるが、心は高鳴っていた。

 この影を出ていけば何かがいる。そんな気配を感じる。

 深く息を吸い込み、吐き出す。

 薄く閉じかけた目を開きかっぴらく。

 スマホを片手でしっかりと握りしめながら顔を僅かに出した。

 片目が薄く小さな人影をとらえた。

 もう片目を出すとそれは線を結び、少女らしき人影と、黒く大きな残骸を映し出した。

 これはまずいかもしれない。

 咄嗟にそう警戒した。

 黒い物体は禍々しく、何事かを呻いている。

 それはまるで呪詛のようで聞いているだけで耳の鼓膜を破いて、心臓を蝕むおどろおどろしい苦しみがある。

 なんとか意識を逸らして楽になろうと少女を見た。

 少女らしき人は俯いてその物体に何事かを呟いているようで、僅かに聞こえてくる声こそ清廉さがあるが、全身から滲み出る殺気はしまい切れていない。

 バクバクとする心臓と冷や汗を抱え込みながら、まだ覗き見の態勢のまま動けない。

 手はフルフルと小刻みに震え、握っているスマホを落とさないことに必死になっている。


 その時、少女は動いた。

 人差し指を立てながら、手首をグルリと回した。

 するとたちまち淡いピンクの円が空中に現れ、まるで異次元から飛び出してきたかのように紙でできた縦長のお札が一枚出てきた。

 少女はパシッと音を立てながらそれを受け取り、カードを横向きに飛ばす勢いで黒い物体に投げつけた。

 飛ばされたお札は真っ直ぐに飛んでいき、黒い物体に突き刺さった。

 突き刺さった瞬間、黒い物体は咆哮を上げながら膨れ上がり、内側からのエネルギーに耐え切れずにボンッと破裂した。

 あたりは煙に巻き込まれて視界が不明瞭になり、少女と興矢を飲み込んだ。

 興矢は咄嗟に目を塞ぎ、口も押さえた。

 辺りには少しばかり焦げたような臭いが立ち込めた。

 興矢は薄く息をしながら身を屈めた。

 時間にして2分くらいだろうか。

 異臭が薄くなり、空気が元に戻り始めた。

 興矢はそっと口を押さえていた手を退け、安全そうだと確認でき次第塞いだ目を開いた。

 ピントが戻る数秒間で少女について考えた。

 少女はもしかして、......魔法少女なのか?

 もしそうならば、是非とも仲良くしたいし、頼られたいし、......怪物に襲われそうなところを颯爽と助けてほしい♡

 願望は思い出すまもなく溢れ出る。


「そうとなれば、接触しに行こう」


 そう呟いて、拳を握りながら勢いよく立ち上がった瞬間、


「あなた、誰と接触するつもりなの?」


 鈴が鳴ったような可愛らしい声が背後から聞こえた。

 全身が固まる。

 怖いけれど振り返って確認したくなるってのが人間というものである。

 ギギギとなりそうな首をゆっくりと後ろへ回す。

 半分くらい振り返り、それと目が合った。

 そう、そこには............、

 頭から血のような液体を垂らしながら、ニコニコと白い歯を見せながら笑い、杖を握りしめている、かの少女であった。


「ギィぃぎゃぁぁぁぁぁ!フガブガッ!」


 辺り一面にとんでもない高さの悲鳴が響いた。

 俺の。



「大変! この人意識を飛ばしちゃったわ!」


 くだんの少女は可愛らしい手のひらを口に当てながら、テヘッ!としていた。

 彼女の目の前の青年は魂を口から出しながら、白くなり、ヘナヘナとその場に沈んだ。


「うーん。どうしよう。ここに置いて行くわけにはいかないし、何より姿を見られちゃったものね。

 ......、仕方ないわ、少しだけ意地悪かもしれないけれど、この手を使いますかっ!」


 彼女は少し悩んだ様子を見せたのち、手のひらをパンっと叩き合わせ決断を下したようだった。

 そしてその手を勢いよく青年の頬に振りかぶった。

 バチンッ。

 豪快で派手な音と共に青年の頬には赤い赤い紅葉が飾られた。


「.........、っ! いっっっっっっっってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

 だけどありがとうございます!」


「あーっ♡ 起きてくれたっ!」


 彼女も作戦は功をなし、青年は見事生き返った。

 少女はキャアキャアと喜び、青年は涙をこぼしながらなぜか喜んでいる。

 しかし突然、


「ところでぇ、あなたは、秘密は守れるタイプ?」


 喜びから急激に温度を下げ、少女が尋ねてきた。

 顔の横に重ねられた手が愛らしく添えられている。


「守ります守りますっ!

 口が裂けても言いませんよっ!

 僕は一度約束したら絶対に守る素晴らしい人間なので!」


 目が覚めて間もないが、少女の可愛さに押され、即決で興矢は答えた。

 血濡れなのは変わらないが、彼はわかる男である。

 興矢はニヤケが止まらなかった。

 目の前の少女はとにかく興矢の理想とする、いや、タイプである魔法少女像に当てはまっていた。

 血濡れであるが。

 小さな顔に長いまつ毛、そこに埋まるのはピンクの瞳。

 つんとした鼻に小ぶりな淡いピンクの唇。

 そして一部赤いが、白い肌。

 長く艶やかな黒髪は緩く巻かれて全て下ろされており、頭のてっぺんにはレースとフリルと輝くビーズで構成されたカチューシャが乗っている。

 しかし、全体的に甘い顔に比べて、服装は動きやすさメインである。

 上半身は首元と肩口がひらひらとしており、細い腕が見えている。

 胸元はといえば、輝くガーネットのような宝石がキラリとしている。

 下半身はショートパンツにふくらはぎまでのタイツ、そしてくるぶし丈のショートブーツがスポーティさを醸し出している。

 ブーツは少し高さがあるものの、白く編み込みのもので横には小さな羽があしらわれガーリーさが感じられた。


 Q.そんな子にお願いされたらどう答えるべきか?

 A.二言なぞない回答すべし。

 (模範回答花丸100点)


 たとえどんな血濡れな子であってもこのような回答をする、興矢はそんな気軽っ、いい男であった。

 場面は移り変わる。


「そっかぁ。ありがとう♡

 実はね、私は魔法少女なんだ。

 コスプレとか深夜に徘徊するような怪しい人じゃないよ!

 でもね、私のこの秘密を暴かれちゃうとね、悪い怪物たちをやっつけられなくなっちゃうんだ。

 そしたらみんなが危険な目に遭っちゃうの。

 だから、これは私とあなただけの秘密ね!

 約束だよ!」


 少女は瞳をうるるとさせ興矢に熱弁した。

 彼はただそれをうんうんと頷きながら聞き入っていた。

 少女はきっと彼がちょろいことを一瞬で見抜いたのだろう。

 もちろん興矢はそんなことには気づきもしない。

 彼は夢見ごごちであるが、ものすごく好奇心が内から湧き出てくるのを感じた。

 少しでもこの子のことを知りたい、理解したい、助けたい。

 少々邪な思いであるが、純粋でもある気持ちだった。


「俺、興矢って言うんです。

 もしよかったら、君の名前を教えてもらってもいいかな?」


 少女は少しびっくりとした顔をしていたが、仕方がないなと呟いてそっと囁くように伝えた。


「私の名前はね......ガーネット・ローズ」


「ガーネット・ローズ。かわいいね!」


 まさかで教えてくれた名前を噛み締めながら、天にも昇る心地で舞い上がった。

 ちょうどその時、東の空から朝日が顔を出し始めた。

 彼女は光に包まれて、淡く儚い雰囲気が増した。


「まあ大変! 変身が溶けてしまうわ!」


 興矢は空想に浸っていたが、ガーネットの声によってそれを遮られた。

 彼女はわたわたとし、その場を去ろうとした。

 興矢はその場を去ろうとする彼女を見て、自分でもわからないが咄嗟に腕を掴んだ。

 彼女はきゃっと声をあげて慌てたように腕を引っ込めようとした。

 彼女は目線を合わせて興矢に離すよう力強く訴えた。

 しかしそれでも彼は怯まずに口を開いた。


「また君に会いたいんだ。

 次はいつ会える?」


 ポツリと呟き、彼女を縋るように見つめた。


「また会えるわよ」


「本当に?」


「本当に」


 そうかよかった、と興矢は安心した。 

 そろそろ腕を離してくれという彼女の腕を離した。


「さようなら、ガーネット・ローズ」


 少し寂しいが、挨拶をした。

 彼女も微笑み、挨拶を返した。


「さようなら、きょっ」


 ボフンっ。

 挨拶を返すはずだった。


 目の前の彼女は煙を出した。

 彼の経験則から導き出された答えによると、変身が解けたのだろう。

 突然の変化に肩が跳ねはしたが、同時に少しワクワクした。

 彼は本当にコロコロと変わりすぎる。

 このまま行くと美少女が出てきて、お友達になって、最終的には恋愛をする。

 そうだそうに違いない。

 ムフフフと笑いながら興矢はクネクネする。

 煙はゆっくりと消えていった。

 さぁ、出てこい!

 俺の運命の人!

 興矢は待ち構えた。


 煙の中から出てきた人を見て、......彼は絶句してしまった。


「ヤァ、青年や。

 私が魔法少女の正体だ」


 出てきたのは、20代後半であろう女であった。

 興矢は開いた口が塞がらずにプルプルとしている。

 しかし、視界は完璧に情報を収集していた。

 髪は茶髪で少しぼさっとしているが、後ろで緩く一つにまとめられている。

 顔には黒縁の眼鏡で、肌は少し黒く、化粧っけのない顔である。

 ニヤリとした顔の下は、上下灰色の毛玉のついたスウェットに黒のクロックス。

 そんな具合だ。


「ショックなのはよくわかるが戻ってこいや」


 気だるげに呼びかけられた。


「全っ然、ショウジョジャナイ」


 絞り出し、そう言った。


「馬鹿か、お前は。

 こちとら魔法少女は立派な職業なんだよ。

 最近の若者は、夜間帯に働きたくない、血濡れになりたくないとかで全然魔法少女にならないから、仕方なく私がフリーターをしながらやってるってわけさ。

 実際、魔法統率局とやらから出される時給も地球換算では高額になるしな。

 っと逸れたけど。

 だからさぁ、そんな風にあからさまに反応されちゃうと困っちゃうわけ。

 恥も外聞も捨ててまで地球の平和を守りつつ、コンビニでバイトしてる私に対してもっと敬意を持った方がいいのよ。


 そもそも地球の感覚での少女とかいう概念を使われても。

 こんな些末なことにこだわっている暇があるなら、魔法の概念についてしっかりと考え直してみなよ。

 現実見た方がいいわけ。


 とりあえず私が言いたのはこのくらいね。

 んじゃ、気をつけて帰んな。

 私は数時間後にはバイトだから、家帰るわ」


 一を聞けば十返ってくるとはまさにこのことである。

 愚痴とも説明ともつかぬような話を聞いた、いや聞かされた。

 このまま引き下がれはしない。


「さっきまでの雰囲気はどこ言ったのさ」


 女はあくびをして頭を掻きながら簡潔に投げ捨てた。


「営業スタイル」


 興矢は雷を落とされた気分であった。


 魔法少女:山本沙夜香やまもとさやか(27)

    この道7年目の業界ではベテランさん

    現実世界ではフリーター


    鏡田興矢と出会い魔法少女の正体は

    私だと打ち明けた


「なんだったんだよ〜っ!

 さっきの感動した時間はぁ〜!」


 千載一遇のチャンスを入れた興矢であったが、どういう運命の悪戯か、彼は思いもしなかった魔法少女と出会うこととなったのだ。


 彼の虚しい叫びは、カラスを集結させるほどに哀れだったそうな。





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夜更けの魔法少女 和歌宮 あかね @he1se1

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