第14話、縄文の春 1

 まだ寒いけれど、日のあたたかさを感じるようになった。朝が早くなってきた気がする。


 雪がとけて、穴があいて、うっかりふむとズボッと足が落ちてしまうのだ。いちめんドロだらけ。あちこちから緑が顔を出している。木の芽のほか、こっちにはフキノトウ、あっちにツクシ。名前のわからない草もたくさん。タァラと食べられる草をつんで、川原に行く。ずいぶん川の水が多くなった。


「おかあさん、どう?」


 この前、川原のそばに、かんたんな家を作った。みんなが住んでいる家より小さい家だ。そこにお腹が大きくなったボツィが住むようになった。赤ちゃんを産むための家なんだって。ススキのワラのうえにボツィはすわって、まんまるい石をだいていた。


「ごはんたりる?」

「だいじょうぶだよ」


 なんで家を別にするんだろ。ボツィのごはんはこの小さな家でにて、タァラや美音子たちはいっしょに食べちゃいけないことになっている。「なんでいっしょに食べないの?」と聞いたら、「いっしょに食べるの!?」とおどろかれてしまった。


 そのほかにも、この家には男の人は入れない。「え、どうして?」。美音子の弟が産まれるときは、おとうさんも立ちあったのに。ボツィはふしぎそうに答えた。「ええ? いやじゃない?」。よくわからないけど、ここではそういうものらしい。


「うごいた!」


 ボツィのお腹に手をあてたタァラが声をあげた。呼ばれた美音子も触らせてもらう。このあたたかいひふのしたに、赤ちゃんがいるんだ。とくとくと流れる血を感じていると、とつぜん、なかからぐいと押された。モゾモゾと動いているようだ。


「わあ!」


 見えないけど、ちゃんと生きてるのがわかる。この子がもうすぐ出てくるんだ。


「ぐあいはどうかな?」


 腰をかがめたクシラが顔をだした。


「すこし、いたくて」

「そうかい」


 クシラはお腹を触ったりしていたが、うんうんとうなずいた。


「今日明日だろうね」


 わあっ! と美音子とタァラは声をあげた。そのようすを、タァラのつくった土偶がみまもっている。天井に、ふといナワをくくりつけてたらしてあった。






 夕方になり、あわただしくなった。美音子とタァラが川原の家に行くと、ボツィは痛いのか、横たわって丸くなっている。クシラが後ろからボツィをかかえていた。クシラがぎゅっと腰をおすと、ボツィはうめいた。


「うう……」

「ゆっくり息をするんだよ」


 クシラはボツィの肩をだいて、腰をさすっている。ボツィは体を曲げて、お腹をかかえていたがっている。すこしたつと、いたみが軽くなったみたいで、ゆっくりと立ちあがって家のなかを歩きまわる。おちつかない。


「ふー……」


 タァラと美音子はボツィをささえたり、腰や足をもんだりした。またすこしして、ボツィはいたいといって、すわりこんでしまう。おさまっても、すぐにまたいたくなるようだ。ぐっと手足に力を入れて、ふるえるくらいになってたえている。


 クシラはボツィのようすを見ていたが、ボツィの服をぬがせて、天井からぶらさがるナワをつかませた。あ、床が水でぬれている。おかあさんの出産のときに見たことがある。もうすぐ産まれるっていうしるしだ。ボツィはナワをつかかんで、ひざをまげてすわった。クシラは後ろにまわって、ボツィの腰をだいた。


「いたいかい?」


 ボツィの息が苦しそうだ。タァラがぎゅっとうでをにぎっている。


「まだ力をぬいてなさい」


 美音子はワラでボツィの汗をぬぐう。ボツィはナワをつかんで、床をけった。ボツィは声を出さない。お母さんは「いたい」ってさけんでたけど、ボツィは歯を食いしばっている。さけんだほうがいたくないように感じるけどどうなんだろう?


「そう、力いれて。息はするように」


 この家にきてから何時間もたった。もう外はまっくらだ。ボツィの足のあいだから頭が見えた!


「ああ、もうすこしだ。力いれないで、ゆっくり息はして」


 ふーっ、ふーっと息が聞こえる。クシラは手で赤ちゃんの頭をささえた。


「でてきたよ」


 クシラの手には、ぬれた赤ちゃんがいた。クシラが赤ちゃんの背中をなんどかたたいた。それから顔に口を近づけて、鼻を吸う。ズッと水をすする音につづいて、赤ちゃんがフギャアァと泣いた。


 美音子はほっとして、力がぬけてしまって木の壁によりかかる。言葉がでてこない。ぼうぜんとして、泣き続ける赤ちゃんを見ていた。産まれた……。


「うまれた!」


 タァラが土偶をつかむ。それから外に走った。家に背をむけて、土偶を投げあげる。土偶は家の屋根をこえて……ガシャン! 川原に落ちて、土偶が割れた。手と足が取れていた。


「せっかく作ったのに割っちゃうの?」

「産まれたんだから割らないとダメだよ?」


 土偶はこのために作ったものらしい。


「こうすると、わるいものが赤ちゃんにはいらないんだって」






 ぬれた赤ちゃんを胸にだいて、ボツィはまだぼんやりとしていた。


「からだ、だいじょうぶ?」


 美音子が声をかけると、力が抜けたように笑った。


「タァラ、お湯をわかしな」


 タァラと美音子は土器にお湯をわかしはじめる。お湯がわいたら火からおろしてさます。お湯をかきまぜて、ちょうどいい温度になるようにする。


 クシラは石器でへそのおを切り落とし、赤ちゃんの体をワラでふく。きれいなタオルがあればタオルでふいていただろう。でも、ここにはタオルはなかった。それでも、できるだけきれいにしたい気持ちは美音子にもわかる。


 お湯がさめたら、クシラがお湯で赤ちゃんを洗う。塩をすこし入れた。


「うんうん、じょうぶに育ちなさい」


 ボツィは赤黒いかたまりも出した。これはタイバン。赤ちゃんとおかあさんをつないでいたところだ。このタイバンをクシラは小さな土器にいれる。


「これもとっておくの?」

「家にうめるよ」


 ここではなく、ムラの家にうめるんだって。なくなったババも土器に入れて家の近くにうめたのを思い出した。


「土にぶじに産まれましたって、つたえる。……たぶん、そう」


 ボツィはしばらくこの家にいるそうだ。






 草のあいだにちいさなスミレがさいている。ボツィはもとの家にもどり、いつもどおりのごはんを食べている。


 この日はアワィに呼ばれて、美音子は川にむかった。まがっている川のうちがわ、流れがゆるやかなところを選ぶ。草であんだカゴにサケの身をいれて川に落とす。石も入っているので、川底にしずんだ。川の底はドロがたまっていて、よく見えない。


「これで、明日までまつ」


 畑に行くと、木にたくさんの若芽が出ている。クシラがそれをつんで、カゴに入れていた。


「クシラ、なにやってるの?」


 クシラは若芽をつんで、美音子にわたした。美音子が食べてみると、ん……なんだろうこのにおい。クシラはまだ枝をとって、皮をむく。むいた皮をかじると、ビリッと舌にからみが走った。


「しびれる!」


 わ、これ、サンショウのにおいだ! クシラは笑った。むいた皮をカゴに入れる。


「冬のお茶にいれるんだ。体があたたかくなっただろう?」


 次の日、ワナにかかっていたのは銀色の丸い魚。フナだ。これを水の入った土器にいれ、数日おく。


「なんで?」

「すぐに食べると、ドロくさいからね」


 内臓をとり、ヒレを落とすと、石でたたきはじめた。骨ごとなので、ゴリゴリ音がする。


「とってきたよ!」


 ワクとシトゥが顔をだす。手には細長い……ゴボウ。このミンチをだんごにして、ゴボウやツクシをくわえる。あっというまに、ツクネ鍋になった。


「あ、おいしい……」


 ショウユかミソ味にしたらもっとおいしくなるんじゃないかな。でも、味がうすいのにももうなれてきて、魚のあぶらの味がこくておいしいと思う。






 赤ちゃんは夜でも泣く。弟が小さいときとおんなじ。首はまだグラグラしているけど、目でこっちをみたりする。ばっちり目があうと、かわいいなあ! って思う。ボツィは家のなかですわっていることが多い。横になったりすることも。横になったままおっぱいをあげている。


 ボツィと美音子でだっこして、シトゥが指をだすと赤ちゃんがにぎりかえしてくる。


 弟が産まれたときのことを思い出した。「おねえちゃんなんだから」って言われるのはイヤだ。だってこどもが欲しかったのはおとうさんとおかあさんでわたしじゃない。おとうさんを、新しいおかあさんと弟にとられるようでイヤだった。


 でも、信夫しのぶがうまれたのがイヤだったわけじゃないと思う。だって、産まれる前に、みんなで「ぶじに産まれてきますように」って願った。それは、たぶん、ほんとのこと。


「タァラはがんばってるね」

「そうだよ。おねえちゃんだからね」


 えへんとばかりにタァラが言った。


「おねえちゃんだからあたりまえじゃないよ」

「そう?」


 タァラはちょっと考えてから、口をとがらせた。


「あのね、シトゥはわざとわたしのジャマするの。なにも言わずに急にいなくなったり……」

「わざとじゃないもん」


 シトゥがすかさず言い返した。そういえば最初に会ったときも、シトゥは山にひとりでいた。


「そのたびにわたしだけおこられる。なんで見てないのって」

「そうだよね」

「もう、しらないよ。山でまよってもシトゥがわるいんだからね」


 美音子にもよくわかる気持ちに、思わず、ふきだしてしまった。それでもタァラがシトゥをさがしていたことを知っている。


「なんで笑うの!」

「わたしも、そういう弟がいるから」

「そうなの?」

「それは、わたしもおこるよ。あぶないのは自分なのにね」

「でしょ?」

「あぶなくないよ。言われたとおりにしてる」

「してない」

「してる」


 ハンバーグの大きいのも弟がとっちゃう。おとうさんは早いものがちだって言うのに、わたしが先にとると弟にゆずりなさいって言う。なんで、わたしばっかりと思っていた。弟は小さいからしかたないでしょって、いつまでしかたないのさ。わたし、そんなにおねえちゃんじゃない。


「タァラはズルい。ひとりで出かけても、なにも言われない」

「うるさい。言われるようなことするシトゥがわるい」

「シトゥだって、もうおにいちゃんだよ?」


 シトゥはそう言われて、ちらっと赤ちゃんを見て、むっとほおをふくらませた。


「わたしだって、おねえちゃん欲しかったよ」


 タァラは笑って言った。


「でも、ミネコは思ったよりおねえちゃんじゃなかった。だけど、がんばってるじゃない。だから、いいの」


 一か月がたつころには、ちいさかった赤ちゃんはまんまるくプニプニしてきた。「あー」とか「うー」って言って、人の顔を見ているのがわかる。ムラの人たちも赤ちゃんを見にきて、みんなにこにことしていた。

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