ぎゅぎゅぎゅぎゅぁー
一縷 望
びゅ
ぎゅぎゅぎゅぎゅぁー
ああ貴方がくれたモクレンの花弁に傲慢さを知る
ぎょっ、ぎょっ、ぎょっ
そんな、いけないよそんな、大事なハンケチを貰っちゃ。吹きさらしのホームで束の間の送別をと立つ貴方は春と共に消えそうな輪郭をしている。
じゅああふしゅうぅ
白いハンケチなんてどれも同じだとハニカむ前髪が風を捉えて揺動する。中空の花弁を掴むように手をのばしかけ、無音ののちにそれを下げた。
びゅくぎゅう
その手を貴方はそっと拾い上げる。ゆびはまっさらでつめたい。手のひらのマメと指の腹の感触の違いを手の甲に刻み付ける。凍みるような今朝にそぐわない手汗を皮膚にしっとりと感じ、気付かないそぶりをする。
きゅしゅしゅじゃば
仰向けの手に白いハンケチと春と乾いた焦燥が乗せられた。離れた貴方の手が触れていた場所がひどくひんやりします。あなたへ言葉を掛けようとして、喉からは何も発せない。すこしの後、私の言葉はどれも残酷なだけだと、荒れたくちびるを閉じた。
びぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
生活の節目には、小説のようなきっぱりした言葉が見つかるわけではない、ということを、今になって思った。ぼんやりとした気持ちも、渡す期を失ってポケットのなかで萎れつつある。
びゅあ、ぼぼぼぼぉ……がんがん
車掌の切符を確認する声が通路を遠ざかり、私はやっとふるさとを離れたことを胸の奥で感じた。ポケットのハンケチを取り出し、その縁のつつましい刺繍を眺めていると、あの時は感じなかった微かなふくらみを折り畳まれた巾の下に覚えた。ひらけばモクレン。白く湾曲した花弁に鼻を近づけると、みずみずしさと落花のすえた雰囲気を一度に吸い込んだ。あの小道のモクレンを想う。落ちたそばから茶に染まる姿を思い出す。
このハンケチも、このままではその色が移って染みができるだろう。だが、今はこのまま、このままハンケチを両手で包んで、花弁の縮れることを、あおくさい香りの残ることを願ってしまう。
ひゅう。
ぎゅぎゅぎゅぎゅぁー 一縷 望 @Na2CO3
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