四つ目の国 -2
翌日、まだ日も登り切らないような早朝に私たちは出発した。歩いて二日程かかる村へ向かうそうで、私たちはミナさんが用意してくれたこの国の服に身を包んでいた。
「郷に入ったら郷に倣えってね。少し動きづらい服だけど、ただでさえ私たち髪色とかがこの国では浮いちゃって目立つから、こうしておいた方が多少は紛れるでしょ。」
そう言うミナさんだが、綺麗な金髪はやはり目立つしどんな服を着ようともそのスタイルの良さは目立ってしまう。私はそっと自分と比べた。輝きもしない栗毛に、とても良いとは呼べない平凡なスタイル。身長は平均そのものだし、綺麗なミナさんと並ぶと惨めになる。今までそんな感情を抱かなかったことが不思議に思えるくらい私は劣等感を抱いていた。
「お前たちは大変だな。」
そう言うとジンさんは私とミナさんの間で視線を行ったり来たりさせた。ジンさんは黒髪だ。この国の人は皆黒髪だから、頭髪に関してはジンさんは上手く紛れられるだろう。ただしジンさんも背が高い。この国の人は男性もあまり身長が高くないようだから、ジンさんはどうしても頭一つ分飛び出てしまって結局目立ってしまうのだ。
「まぁ、道中何かあってもジンが守ってくれるわよ。ねっ、ジン。」
笑顔から放たれる威圧感に、ジンさんは顔を歪めた。
*
その日の夜、私たちは適当な宿で寛いでいた。結局あの後、山賊や人攫いと思しき人たちに二度も襲われた。ミナさんの言葉通り、ジンさんが一人で見事に追い払ってくれたので問題はなかった。だが物騒な事件が一日に二度も発生したダメージは大きく、私は食事もそこそこに寝る支度を早々に整えグッタリとしていた。
「大丈夫か…?」
「大丈夫です…。」
ジンさんが淹れてくれたお茶を啜りながら盛大に溜め息を漏らした。実際に戦ってくれたのはジンさんだというのに、そのジンさんより私の方がグッタリしてどうする。ミナさんはといえば、ジンさんの戦いぶりをのんびり眺めるだけで手出しはせず、この宿に着いた後も情報収集の為に出掛けていた。
「無理もない。お前の場合、ああいったことには慣れてないだろう。おまけにまだまだ不慣れな旅の途中だ。休めるときにしっかり休め。」
「ありがとうございます…。」
私も二人に修行をつけてもらって多少動けるようになってきたつもりだったけれど、やはり実戦となると全く身体が動かない。しょんぼりとする私を見てジンさんは苦笑を漏らした。そういえば、ジンさんは私相手にも本当に柔和になった。何度も言うが、初対面の頃からは考えられない変化だ。
「それにしても、よかったのか?」
「何がですか?」
「お前、道中レースや刺繍を馬と交換しただろう。」
そのことかと私は顔を綻ばせた。この移動を初めて数時間、私たちは今回の移動において山越えが必要だということにすぐに気が付いた。そこで山に入る前の村で、私たちは馬を入手した。その際、私のレースや刺繍を物々交換の材料にしたのだ。
「いいんです。私、ウユを出てからここまでの道中全然役に立ててなかったので…。」
それに在庫を抱えすぎるのも良くない。布と糸さえあればまだ作れるのだから、出し惜しみをする必要はない。やっと役に立つことができたと、私は嬉しかったくらいだ。
「それはいいと言っただろう。何度も言うが、もっと甘えたっていい。」
「ありがとうございます。」
そう言うジンさんに私は笑顔で返した。最初はあんなに嫌だったのに、いつの間にか私は二人に甘え始めていた。甘えることに抵抗がなくなったわけではないけれど、思っていたよりも嫌じゃない。
「だが助かったのも事実だ。ありがとう、メグ。」
そう言われて、私は嬉しくなって満面の笑みを浮かべた。
*
翌日の夕方、私たちは目的の村へと到着した。田んぼに囲まれたのどかな村だが、日が暮れてくると人影がなくて少し不気味だ。何よりもその不気味さを掻き立てるのが、村の奥にそびえる山だ。麓には紅い鳥居があり、山は鬱蒼としていた。その不気味さは、この島国に到着する際に船から感じ取った重暗さを連想させるものがあった。
「今日はここで休みましょ。明日私はまた情報収集に出るから、メグとジンはいつものようにお願いね。」
宿に荷物を置くと、私たちは夕食を摂りながら翌日について話をしていた。ここまでの旅は順調で、私は道中でまたレースや刺繍の在庫を順調に増やしていた。といっても、二日では大した量は作れなかったが。
「お前はどこにでも伝手があるな。」
「まぁ、バンに比べれば大したことないわよ。」
ジンさんに笑顔で返すと、ジンさんは呆れたように溜め息を吐いた。本当に、ミナさんは美しいだけじゃなくて逞しい。私は気になっていたことをミナさんに訊いてみることにした。
「ミナさんって、どうしてバンと一緒にウユを出たんですか…?」
そう尋ねると、ミナさんはキョトンとした。旅を始めてというもの、ターミナル駅へ向かう電車の中で尋ねて以来、こういった質問はしてこなかった。今更すぎて訊くのが少し躊躇われたくらいだ。
「ん~…、そうねぇ…。私が貴族出身で、結構自由にしてたことは話したわよね?」
「はい。」
「つまらなかったのよね、閉じこもってるの。」
あっけらかんと言ったミナさんの笑顔が眩しくて、それが嘘ではないとすぐに分かった。電車の中でも思ったが、やはりミナさんはかなり好奇心旺盛で私の想像以上にお転婆だったのかもしれない。
「それに私、バンといるのが好きだったの。アイツの隣、居心地良くて。」
その言葉を聞いた瞬間、私の中の不安が急速に膨らんでいくのが分かった。やっぱりミナさんはバンとそういう関係だったのでは。でも今は旦那さんがいるし、きっと過去の話だと自分を納得させようとする。でも…、ミナさんは骨董品店で、タブルさんとして生活していたバンと長い時を一緒に過ごしていた。
「昔からお前、バンにくっついていたな。」
ジンさんの言葉が止めを刺すように私の心を抉る。三人には私の知らない時間がある。特にミナさんには、バンと過ごした二人だけの時間がある。分かっていたことなのに、そこに対して今更こんな感情を抱くなんて。その後努めていつも通り振る舞った私は、私は夕食をさっさと済ませると素早く布団に潜り込んだ。
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