守られるだけの女なんて -2
それは出発してから二日目の夜のことだった。その日も前日と同様に各自寝床を整え、私は空いた時間でレースや刺繍の製作作業をしていた。
「嬢ちゃん、何してんだ?」
背後から声を掛けられて振り返ると、斧を肩に担いだ大男がいた。私はそのまま硬直した。時間にして、恐らくほんの数秒だった。フリーズした頭でも理解した。この人、商団の人じゃない。そう思った瞬間、首根っこを掴んで投げ飛ばされた。
「げほっ…!」
息が一瞬止まった。あまりの衝撃に目の前がチカチカする。自分の呼吸を整えるのにまた数秒。その間にそこら中で戦闘が始まっていた。私を投げ飛ばしたのはジンさんだった。いつの間にかジンさんは先程まで私が居た場所で大男と睨み合っていた。私はやっとの思いで体制を立て直したが、あまりの恐怖と衝撃で上手く身体を動かすことができなかった。
「そこから離れるな、メグ!」
「はい…!」
ジンさんは難なく大男を倒すと、私の側に駆け寄って来た。私に目立った怪我がないことを素早く確認すると、私を守りながら商団の人たちが集まっている場所へと連れて行ってくれた。
「このまま皆とここに居ろ。」
そう言って、ジンさんはまた戦いの中へと戻って行った。決着はあっという間についた。ジンさん達の活躍が大きかったようで、商団の人たちにとても感謝されていた。特にミナさんが。
「メグ、怪我しなかった?」
いつものようににこやかなミナさんは少し血に濡れていた。しかしそれがまた妖艶で美しい。本当の美人はどうあっても美しいらしい。
「はい…。ミナさんこそ…。」
「私は余裕よ。久しぶりに運動したわ。」
にこにこと笑顔でいう辺り、正直怖い。何よりあれが運動レベルだなんて。あの時、ミナさんは状況を瞬時に判断すると隠し持っていた武器で応戦した。それがまた物凄く強くて…、敵の頭を取ったのはミナさんだった。
「助かったよ、この盗賊にはいくつもの商団がやられてて…。ジンさんもかなりの腕前だな。」
「いえ…。」
謙遜するジンさんだが、ミナさんに負けず劣らず強かった。さすがとしか言いようがない。私はそっと拳を握った。また何も出来なかった…。クスウェルでもそうだった。私はいつだって有事に指を咥えているだけ…。
「メグ。」
名前を呼ばれて、ふと我に返った。ジンさんが申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「先程は投げ飛ばして悪かった。大丈夫か…?」
「ぜ、全然大丈夫です! 寧ろありがとうございました…。あの時ジンさんに助けてもらっていなかったらと思うと…。」
情けない。同じ女性のミナさんはあんなに勇敢に戦ったというのに。私ときたら、ただ守られているだけ…。ジンさんはそんな私の胸中を察してか、そっと頭に手を乗せた。顔を上げるとジンさんは困ったように笑っていた。
「無事で良かった。」
そう言われて、私は無性に泣きたくなった。視線を外して俯くと、ジンさんはそっとその手を離した。各々落ち着きを取り戻し始めた頃、私は火の側で毛布に包まって座り込んでいた。先程の光景が蘇って今日は眠れそうにない。こうして座っている今も、振り返ったらあの大男が居そうで恐ろしい。
「メーグ。大丈夫?」
すとんと私の隣に腰を下ろしたミナさんは、やはり笑顔だった。汚れはすっかり綺麗になっていた。
「えへへ…。さすがにちょっと堪えました…。」
「ああいったことは初めてだったでしょう。ウユは平和だものね。」
「…ミナさんは強いですね…。」
「まぁね。」
バンと一緒に世界を旅していたのだから、当然といえば当然なのだろう。
「鍛えたのよ。守られているだけの女なんて、つまらないじゃない?」
にっこりと笑ってそう続けた。私はハッとした。何を悲観的になっていたんだろう。ミナさんは貴族出身だ。元々あんなことが出来るはずがない。そんな当たり前のことにも気が付かないなんて。
「私にも、出来るかな。」
そう尋ねると、ミナさんはさらににっこりと笑った。
「当たり前じゃない。私は優しくないわよ。」
「ありがとうございます…!」
強くなったら私、心も強くなれるかな。バンを追いかけるだけじゃなくて、横に立てるようになるかな。
「それよりメグ。ジンと何かあった?」
「ジンさん…?」
「何もないならいいの。」
何か…? はて、とウユを出てからのことを思い返してみる。アドバイスをもらったり、慰めてもらったり…。そもそもこの状況が普通ではないし、ジンさんがどういう人なのかもあまりよく知らない私からしたら、何とも言えないのが正直なところだ。
「…何もないと思います、多分。」
「そう。」
*
「鍛えるなんて約束、して良かったのか?」
やっと眠りに就いたメグを眺めながら俺はミナに尋ねた。ミナは肩を竦めて言った。
「いいんじゃない? 護身術程度なら。そんなしっかりなんて仕込まないわ、さすがにバンに叱られちゃう。」
「だろうな…。」
護身術程度だって、きっとバンの奴は余計なことをと怒るだろう。あまり関わりのない俺だって心配になってしまうんだから。まだこんなにもあどけない寝顔をするのだ。
「次の港町でまた当たるのか?」
「いいえ、そこから船に乗って東へ行くわ。」
「東というと、島国か。」
「えぇ。正直、あの国は今までで一番危険だから…。少しは護身術を身につけていてくれた方が安心するわ。」
「そうか…。」
東の島国。俺も行ったことがない国だ。
「ということで、明日から特訓よろしくね。」
「おい、お前がやるんじゃないのか。」
さらりと言うミナを睨みつけると、悪びれることなく彼女は言って退けた。
「私、ナイフや暗器が得意なの。体術は苦手だから、担当分けしましょう。明日港町に着けば武器は手に入るでしょうけど、まずは、ね。」
どうせ明日はゆっくりしたいだけだ。この女はそういう女だ。俺は大きく溜息を吐きながら了承した。
*
初めて見る海は広大だった。私は言葉を失ってただ感動していた。光が反射して、キラキラと輝く水面。どこまでも広がる鮮やかな青。遠くを見渡せば、空と海が一つになっているかのよう。
「いい反応ね。」
隣のミナさんが嬉しそうに私を見る。さらに奥のジンさんはどこか遠くを見ていた。ウユは海がない国だ。先日訪れたターミナル駅やクスウェルも山に囲まれた国だったし、私が見たことがあるのはせいぜい湖程度だ。
「海って、すごいですね…!」
感動してそう言うと、ミナさんとジンさんは優しく笑った。私たちは街に入るなりミナさんに連れられて高台へとやって来たので、海を満喫した後来た道を戻った。
「今度行くのは東方の国よ。」
「東方の国…。」
「そう。ここから船に乗って三日程度かしら。」
なんと、列車の次は船か。馬車すらまともに乗った経験がなかったというのに。何だかバンを追ってここまで来たのに、ただ贅沢な旅行をしていると錯覚しそうになる。きっと私はこの旅を一生忘れないだろう。そしていつか生まれる我が子に語り継ぐんだろう。
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