杉、死すべし

白川津 中々

◾️


「うわぁぁわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああ……」


玄関を出た瞬間、涙と鼻水。そしてくしゃみ。花粉だ。花粉がエグいのだ。化学兵器でも撒かれたのかというレベルで目、花、喉に深刻なダメージ。もう顔中がグジュグジュである。これは会社など行っている場合ではない。休んじゃおと決断し会社へ電話、プルルルル。


「お電話ありがとうございます。株式会社フォンセントファンフレデリックレオナルドです」


「あ、すみません。惣菜チームの真壁なんですけれども」


「真壁さん。どうなさいました?」


「すみません、本日体調不良で休みという事で……」


「はい分かり……あ、棚橋さん、え? あ、はい……」


棚橋……部長がいるのか? 近くに?


「もしもし。棚橋だけど」


「あ、お疲れっす。真壁っす」


「元気そうじゃん。なに休もうとしてんの?」


「あ、すみません。花粉がやばくて」


「花粉とか雑魚だから勝てるよ。いつも通り出社よろしく」


「あ、ちょっと……」


……通話終了。出勤確定。「死ね」と呟き溜息。上司命令であれば出社しなくてはならないが、いかんせん花粉がヤバすぎる。顔面体液だらけでタイムカードを切りたくはない。

というわけで、ありったけの武装をして花粉の侵入を防ぐ作戦を敢行。マスクを二重にして、その間にタオルを挟む。そしてフルフェイスのヘルメットを装着。スーツの上からライダースーツ。隙間を埋めるためにマフラーも巻いて機能的なコーディネートを実現。完璧すぎる。まるで仮面ライダーだ。


「よし、行くか」


外へ出る。花粉の影響はない。人類の叡智が勝利したのだ。意気揚々と通勤コースを辿る。擦れちがう人々は漏れなく全員花粉にやられており、俺の出立を羨望の目で見ている。羨ましかろう。だが、難点。暑さだ。春の日差し。降り注ぐ太陽熱。暖かく快適な気温なのだろうがこの重装備には堪える。少し歩くと汗が吹き出し肌着が密着。不快。息苦しく喉も渇く。意識朦朧。行かねば怒られる。いや、しかし、もう歩きたくないという想いが一歩進む毎に強くなる。もう嫌だ、帰りたい。暑い。暑い。


堪らずフルオープン。ヘルメット、マスク、ライダースーツを脱ぎ捨てると清涼と同時に叩き込まれる怒涛の花粉。涙、鼻水、くしゃみ。


「ちくしょう!」


ヤケクソになって走り出す。何故なのかは俺にも分からない。ただ、なにも考えたくなく、一心不乱に駆け出していた。気がつけばオフィス。息を切らしながら中へ。身体は体液まみれでよく分からないことになっている。


「……おはようございます」


ちょうど棚橋がいたため感情を殺し挨拶をする。


「おは……え? なに、なにがあったの? びっちょびちょじゃん。汗臭いし、どうしたんだよいったい」


「はい。花粉に勝つためにマスクしてフルフェイス被ってマフラー巻いてライダースーツ着て来たんですが、暑くて……」


「あぁ、そう……」


呆れたような目を向けられ怒りが湧き上がる。「あぁそう……」じゃないんだよ。お前のせいでこうなってるんだよと、殺意に近い感情が芽生え爆発寸前。ライダーキック五秒前であったが、違和感。なぜ、棚橋は花粉の影響を受けていないのだろうか。


「あの、棚橋さん」


「なんだ」


「棚橋さんは、花粉とか効かない人なんですか?」


「いや、俺は薬飲んでるから」


「え? くす……くす、え? くす、り? くすり?」


「あぁ。お前にもやるよ」


渡された花粉症対策と書かれた内服薬。なるほど、そんな簡単な対処方法があったのかと絶望。フルフェイスは、ライダースーツは、マフラーはなんだったのか。膝から崩れ落ちる。


「……なんか、大変そうだし帰っていいよ。臭いし」


「……はい」


「金やるから、タクシー使えよ」


「……ありがとうございます」


失意の内に帰宅。シャワーを浴びる中、俺は悲しみのあまり涙と鼻水を流し続けた。

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