第5話 選ばれた彼女と、譲れない私

 消灯までの間、成り行きで涼ちゃんへの質疑応答が始まった。

心配はあるが、正直なところ興味が半分以上を占めていた。

もちろん、そんな下卑た態度は顔に出さない。

 沙映子はまだ、ベッドの上で誰かと電話を続けている。


​「涼ちゃんの妊娠、うちら以外に知ってる人は?」

「……いない。医務室の先生にも言ってないわ」

「沙映子にはどうしてバレたの?」

「私にもわからない。突然ベッドに来て、『産むの?』って……。震えたよ。自分でもどうしていいか分からなかったこと、全部見透かされてた」


​ 涼ちゃんの答えを聞きながら、私は思う。

もし私が同じ立場だったら、沙映子は助けてくれただろうか。

それ以前に、彼女の目に「私」という存在は映っているのだろうか。


​「あ、沙映子。電話終わった?」

「うん」


 沙映子が輪に合流するなり、衝撃的な事実を告げた。


「涼ちゃん、土曜日に手術だから。もう予約したよ」

「えっ、展開早すぎない!?」


 恋ちゃんが声を上げた。

未成年で、同意書もお金もないのに。


「展開が遅いくらい。手術ができる猶予は、あと数日しかないの」


​ 沙映子が予約したのは、地元の「訳あり」を扱う無認可の産婦人科だった。


「闇医者ってこと? 大丈夫なの?」

「友達も何人かお世話になってるけど、問題ないって。料金は五万くらい。良心的でしょ」


 沙映子の口から語られる「仲間内」という言葉に、彼女の背負ってきた世界の広さと危うさを感じる。

さらに、術後は自分の実家に泊まればいいとまで提案した。

 

 この数日で、沙映子と涼ちゃんの距離は一気に縮まるだろう。

私は、そんな涼ちゃんが猛烈に羨ましかった。


​ 話題が明日の配属先伝達式に移ると、恋ちゃんと伊勢ちゃんが「沙映子はマラソンをサボったから、ベルガールは無理かもね」と冗談めかして言った。

彼女たちには、沙映子をからかう余裕がある。

私だけが、まだ彼女に怯えているのだろうか。


​「……誤解なんだよね」


 不意に、涼ちゃんが沙映子を庇った。


「多分、私が欠席しやすいように、わざと一緒にサボってくれたんだと思う。ね、沙映子?」


 沙映子は気まずそうに顔を背けた。


「……サボりよ、ただの。強いて言うなら、初日は人間観察したかっただけ。理由にはならないわ」


​ 誰もが確信した。

彼女は初日から、誰よりも早く涼ちゃんの異変に気づき、自分を犠牲にしてまで寄り添っていたのだ。


「私、なれるよ。ベルガールに。何の根拠もないけどね」


 沙映子の不敵な笑みに、私は「彼女なら本当になれる」と信じて疑わなかった。


​ 翌朝、伝達式。

あいうえお順に名前が呼ばれる。

一番手は、浅倉沙映子だった。


「浅倉沙映子」

「はい!」


 立ち上がる彼女の姿は自信に満ちていた。

けれど、告げられた言葉は予想外のものだった。


「ブライダル部門、ウエディングプランナー」


​ 会場がどよめいた。

誰もが羨むエリートコースだ。

しかし、当の沙映子の反応はさらに予想を裏切るものだった。

彼女は唇を震わせ、大粒の涙をこぼした。


「やだぁぁぁぁ! ぜっっったいにやだぁぁぁぁ!!」


 子供のような号泣。


 そのまま会場の外へ連れ出される彼女の背中を、私たち一班の四人は呆然と見送るしかなかった。


​「池井美晴。シーサイドリゾート湘南、フロント」

「は、はい! ありがとうございます!」


 私は希望通りの配属を勝ち取った。

真面目にやってきて報われた。

 次々に配属が決まり、伊勢ちゃんはオペレーター、涼ちゃんはルームサービス、恋ちゃんはラウンジに決まった。


​ 式が終わり、トイレに向かうと、泣き腫らした顔の沙映子が待っていた。

涼ちゃんが駆け寄り「私のせいで、ごめん」と謝ると、沙映子は彼女の肩を軽く突き、笑って言った。


「ほんと、涼ちゃんのせい。……なーんてね、あれだけ泣いたら気が済んだわ」


​ トイレの個室に入ると、私たちに背を向けて洗面台に向き合っている先輩社員たちが沙映子の噂話を始めた。


「あの浅倉って子、ベルガール希望だったらしいよ。悪目立ちしたのが部長に気に入られて、ブライダルに抜擢だって」

「しかも、いきなりプランナーなんて、ずば抜けた容姿のおかげよね」


 当事者の沙映子が個室にいることを気付いていない様子だ。

私は個室から出られずにいた。

すると、沙映子の個室のドアが開く音がした。


「先ほどは失礼しました」


 彼女は堂々と、悪口を言っていた先輩たちの前に現れた。

驚愕する先輩たち。


「池井も出ておいで」


 巻き込まれた私は、おずおずと個室を出て「すみません」と謝った。


「池井、謝ることないよ。ですよね、先輩?」


 沙映子は完全に優位に立っていた。


先輩たちは動揺し、「今のことは誰にも……」と口ごもる。


「言えるわけないですよ。私の自慢話になっちゃうじゃないですか」


​ 不敵な笑みを浮かべる彼女の隣で、私は静かな決意を固めていた。


 沙映子のプランナー抜擢は確かに凄い。

けれど、私だってホテルの顔であるフロントだ。

 今の私では、人間的な器で彼女に対抗することはできないかもしれない。

けれど、仕事の配属先だけは私の方が「格上」のはずだ。

 

 ――沙映子には、絶対に負けない。

 

 これ以上、彼女との差を広げたくない。

人としても、仕事においても。

美晴の心に宿ったのは、憧れを焼き尽くすような、冷徹なライバル心だった。





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