prologue2
「ななとはそう思う?」
まつりは手元を見た。
その腕には、実はさっきからずっと、すやすやと寝息を立てる黒髪の少年が抱えられている。
名前は行七夏々都と言って、まだ14歳。幼馴染。
つい最近再会したところだ。
(ちなみに今寝ているのは、重病によるものではなく、用事があると言っていたのに出先で倒れてしまったので、連れてきている)
二人はそれなりに仲が良く、幼少の頃は、恋人のように見紛われたりしたもので、羨ましがる人も多くいた。
しかしちょうど今のように暑い、夏休みの事。屋敷の一家惨殺事件として知られることになる、あの事件の日に生き別れた。
まつりは気付いたら入院していて、その入院先の病院で彼と会って……それから一緒に暮らしているのである。
「ん?」
今は健康そうな寝顔を眺めていると、何か声が聞こえた。
「なぁに」
「から……戒されない、ものが要るって事に、お前の意思……」
何の話だろう?
起こしたかと思ったのに、どうも様子が変である。
「全部硬貨で払うな……使えない……」
しばらく耳を近づけていると、規則的な寝息が聞こえてきた。
「なんだ、寝言か」
何やら寝言を言っているがまだぐっすりと眠っているようである。
「使えない…の……許さな……繋いで……おく……」
「ふふ、何の夢だろう」
まつりにしがみついて安心したように眠っている重みを感じながら、まつりは内心に安堵と優越感のようなものを覚えるのを自覚する。
「…………はぁ」
けど、寂しい。
「早く起きないかな」
一人だけで把握する長閑な風景に、不思議な気分になる。
ずっと人に囲まれて過ごして来たから、こんな静かな空間で、外をただ歩いているのは随分と久しぶりである。
途中、キラキラと遠くで反射している海を横目に『例の自販機』の傍を通りかかる。
此処でヒロインの一人がジュースを購入しているんだっけ。
「もー! てか、そろそろ起きないと、観光客にぶつかるよ?」
いつまでも寝ているのでむっとして、小さく揺らしてみた。
彼は相変わらず眠っている。
この時期、海辺は海水浴客とすれ違うことも多いので、危ないと言えば危ないのに。
とはいえ皆ほぼ泳ぐだけだから、さほど治安は悪くないが。
(※近年では釣り等は先に地域の漁会に届け出なくてはならないし、ゴミ問題など環境保全の面でバーベキューが禁止されている)
聞きかけたところでだん、だん、だん、だん、と地面を踏む鈍い足音がして、際どい水着のおばさんが此方に向かって来た。
「うわっ……と」
ぶつかりそうになった勢いで、まつりは一瞬座り込みそうになる。
どうにか踏みとどまり、転んだらどうするんだと言おうと振り向く。
しかしもういなかった。
――――こっちも仕事ですからね! やめてほしいんでしょうけど!!
遠くで、歓声が聞こえる。おばさんもいるような。
「……楽しい、かねぇ」
まつりはため息を吐いた。
彼も、好きだろうか?
『例の道路』で信号待ちをしていると、着信音が盛大に響き渡った。
「まだ!? 待ってるんだけど!」
片手で応答するなり、女性の元気な声が響く。
「どうせ、寄り道でもしてるでしょ! 朝起きれなかったとか!?
キーッ!」
そうだった、これから約束が待っている。
今だって、ある場所に向かうために、二人で歩いていたところだ。
「……そうだね。まずは、急がなきゃね」
並んで歩けるのが希望の道なら、良いけれど。
横抱きから、背負うほうにチェンジし、歩き出す。
サンシャインが降り注ぐ。
此方を見ている気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます