ショタを育てる話

第1話 現実は小説より

人が持ってる善性とは生まれる前から確立されていたのだろうか。人は皆等しく善性を持っていたとしても、生まれた瞬間に徐々に自分の人生とともに振り落としてしまうのではないだろうかと思う。愛だのと言うのは有限だ。一見徳の高そうな人でも、それはその人の良い面が見えるような場面にしか遭遇していないだけで、みんな一皮剥けば等しく悪性を持ってるのである。少なくとも、今瀬にはそう思えてならなかった。

それでも大抵の人はなんともないような平気な顔をして陽の下を歩いているのだから、意外なところに自分の知らない世界が潜んでいるのかもしれない。


かくいう自分も、彼らのような人並みの生活を送っていたと思う。人並みに金がなく、人並みに希望がない。

この疲れきった世の中で自分だけが特別に不幸なわけではなくて、でも特別に幸せでもない。

つまり、俺は少し卑屈なだけのどこにでもいるサラリーマンでしかないのである。



「クソッ、んの野郎いっつも仕事押しつけやがって!」

とっくに過ぎた定時。周りは暗闇に包まれ、電車が忙しなく走る音以外は何も聞こえない。

一般企業に務める今瀬泉は上司の傍若無人な振る舞いに苛立ちながら帰り道を歩いていた。周りから倦厭される、所謂〃ハズレ〃の部署を引き当ててしまった今瀬にとってはいつものことだが、だからといって苛つかないわけではない。年末の繁忙期を終え、明日から休みであるが、特に何をする訳でもなく、ただ一人で酒を飲み明かすだけである。


家の近くに差し掛かったとき、道路の端に段ボールが置かれているのが見えた。

捨て猫ってやつ?それとも危険物か。

どっちにしろ触らないに越したことはない。


そのまま通り過ぎようとした時、中から子どもの声のようなものが聞こえた。あり得ない状況に耳を疑うが、一度気になってしまうとどうにもそのままにしておく気にはならない。

ろくなことにならないと思いつつ、箱にそっと近づく。やけにうるさい心臓を宥めつつ箱を開ける。

「…!?」

そこには真っ白な雪のような髪の2歳くらいの男の子が静かに横たわっていた。

しばらく呆けていた今瀬だが、ハッとして携帯に手をかけた。



警察が来て、段ボールの中を覗き込む。

「なんだ、捨て猫じゃないですか」

「え?」

猫?これは明らかに人間の幼児だ。

「いやいや、そんな訳…」

「お兄さん、相当目悪い?それとも酔ってる?」

「あ、いや…」

「しっかし困ったな、最近多いんだよねこういうの。そろそろ受け入れ先も厳しくなってくるし…」

自分の頭がおかしいのだろうか。どうやら俺以外には「これ」が猫に見えているらしい。


「あの、この子はどうなるんですか…?」

「ああ、保健所に保護されるよ」

保健所…。確かに動物だったらそれが妥当だろう。動物だったら…。

「それって、飼い主とか探して、見つからなかったら…」

「…まあ、最悪殺処分だね」

「ッ!」


警察官がなにやら受け入れ先の保健所だとかもう帰っていいだとか言っている声は今瀬の耳には入っていなかった。

「あ、あの!」

警察官が振り返る。

首を突っ込無必要はない、めんどくさいことになるぞ。

頭の中ではそう思いつつ、勝手に口が動く。

ほんとに俺は「これ」を見捨てても良いのか?もし本当にただの猫で、俺の頭がおかしいだけだったら?

「俺が!この子のこと、引き取りますんで!」


***


家に帰ったはいいが、冷静に考えてこれはとんでもない状況ではないか?

独身ましてや子供もおらず、子育ての経験なんかゼロに等しい。犬猫でも世話が大変であるにも関わらず、人間となるとどうなってしまうのか。

しかも、何より驚いたのは子どもの頭についている動物の耳らしきものと腰から生える尻尾である。辺りは暗く、狭い段ボールに丸まっていたため気づかなかったが、よく見たらそれはどう見ても生えていた。


「警察の人は、猫、って言ってたよな…」

あの警察官が適当なことを言っていたとは思えないが、自分の目の前にいるのは明らかに人間、いや獣人というやつだろうか。一体どうなってるのやら。


「ん…ふぇっ…」

「うお!」

考え込んでいると、横からぐずるような声が聞こえてきた。

目を向けると、さっきまで気持ちよさそうに寝てた子どもは膝を抱えて声を抑えて泣いていた。


どうして良いのか分からず、慣れない手つきで頭の上に手を置く。見た目通りサラサラしておりまるで絹糸のようだった。

一瞬きょとんと顔を上げたが、目が合った瞬間その翡翠の瞳が再び潤んでいくのが見えた。

「ああ〜、もうッ…どうすればいいんだよ…」

火が付いたように泣き出す子どもをおそるおそる抱き上げる。如何せん子どもを世話した経験などないに等しいため、抱っこの仕方など分かるはずもなく、今更この子を連れ帰ってしまったことに頭を抱えることとなった。


「猫の子ども…というか警察のひとたちは猫って言ってたよな...?何かの隠語とか...。いやいやだとしたらそこら辺のサラリーマンに引き渡したりしないだろ。」

ぐるぐると志向に陥っていた今瀬はいまだ泣き続ける子どもに一瞬飛んでいた意識が引き戻された。混乱したままとりあえずネットで子育てについて調べる。

「え~っと、まずは服とおむつ…はもういらない歳なのか?う〜ん、2歳くらいの子の食べ物は...というかお前は結局なんなんだ?」

そもそも猫だとしたら人間の食べ物を食べさせる訳にはいかないし、人間だった場合キャットフードを食べさせる訳にもいかないし。考え始めると問題が山積みすぎていよいよ途方に暮れるのだった。

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