第9話 ひとりの帰路

 アカリはひとりで帰路を行く。だれかとすれ違い、少年が会釈をしてもだれも見て見ぬふりをする。少年がこの村にやってきてから、もうすぐ一年が経とうとしていた。一年という時間があれば村のだれもが少年の顔を覚えている。しかし、少年と言葉を交わしたことがある者はごくわずかで、その中でなにげない日常の会話を交わしてくれる者はたったひとりしかいない。

 小河内にだれも生き残りがおらず、見つからない死体も多いことを確かめたあと、アカリは南を目指した。師匠のカイユが、小河内の南にある「北方辺境伯領」と呼ばれる地域を定期的に訪れていたことを知っていたからである。

 稜線から山肌を横行して南側を見下ろしたとき、ブドウ畑の縞模様が美しかったのをアカリはよく覚えている。そこから見えた最も近い集落を目指し、たどり着いたのがこの村だった。

 アカリは小河内の外の世界で、自分がまったく世の中を知らないということを思い知らされた。世間では、ウル山脈に近い場所にひとが住んでいることは知られていない――つまり、小河内の集落の存在は世に知られていなかったのである。当然、小河内の集落が何者かに襲われたこともだれの耳にも入ってはいないし、故郷が滅ぼされたというアカリの話に耳を貸す者はいなかった。

 村で少年は忌避され、孤立していた。子どもを見捨てるのはしのびないという罪悪感ゆえに村の北はずれにある農具小屋を住まいとして使わせてもらっているが、村の人間がしてくれたことといえばそれくらいだ。もうひとつ強いて付け加えるとすれば、木こりの仕事を与えてくれたというくらい。

 すべてを失い、自死という選択を堪えてまでこの村に流れ着いた少年にとって、この仕打ちは人生の続きを選んだことを後悔させるには十分なものだった。もしかしたら、アカリが『はぐれもの』であることも一因かもしれない。

 この世界には、『魔法』と呼ばれる力がある。大多数の者がその力を持っているが、そうでない者もいる。『はぐれもの』とは、『魔法』を扱えない者をさす言葉だ。その割合はおおよそ千人に一人程度とされており、「『魔法』を扱えない者は扱える者より劣っている」という差別的な考えは、いまだに根強く残っている。ここ数十年の間で『はぐれもの』に対する差別はずいぶんと和らいではいるものの、潜在的にはまだまだ蔑視の対象になることがある。

 理不尽に対する絶望を抱くたびに、アカリは師匠の言葉を思い出した。

『お前だけは死んではいけない』

 アカリを大切に思うが故の言葉さえ、いつしか呪いに変わっていった。唯一の救いはリンドバーグという医者の存在だった。彼だけがアカリのひととなりを知り、村に報いていると認めてくれる。

 幸い、アカリは山の中に放り出されても一人で生きていける。こんな村に滞在する義理は決して多くない。故に、アカリは期限を設けた。

 一年。

 経緯はともかくとして曲がりなりにも住まいをあてがってくれたことや、リンドバーグに対する義理を果たすため、一年の間だけ、少年は村のために身を粉にして働くことを決めていた。

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