はぐれものと峡谷の山脈
森高実
序章 小河内
第1話 秋が深まっていく
秋が深まっていく。日が昇るまで気温は下がり続け、やがて夜明けが近づいたころには露点に達する。東の空が白み始めてようやく夜闇が薄れてくると、肌を刺すような冷たさをたたえた静謐な空気とともに山間に濃い霧が立ち込めているのがはっきりしてくる。川霧である。遠くの高台から見れば、国境にそびえるウル山脈に源流をいただくツヅラ川の流域一帯が白く霞みがかっているのがよくわかる。明るくなるにつれ霧は次第に晴れていくが、よくよく見れば山向こうには昼頃までうっすらと残っている様相である。
ツヅラ川の中上流域にあたる山間部には、「
早朝、まだあたりは暗がりに包まれている中、沢に下りる少年がいた。少年は手桶に水を掬うと、顔を桶の中に浸した。凍り付くような冷水のおかげで、寝起きでぼんやりしていた意識が覚醒する。水を捨て、もう一度たっぷりと水を汲むと、少年は手桶を抱えて坂道を登る。
すぐに掘立小屋が見えてくる。少年は小屋に入ると、すぐ左の竈にかけている鍋に水を足す。昨晩の山菜を煮込んだスープの残りだ。やがてスープが煮沸されたのを見てとると、少年は二つの椀にスープをよそってから火を止める。そして椀を持って上がり框の手前に草履を脱ぎ捨てて、板葺きの部屋に上がった。真ん中の卓の前には同居している老人がすでに座している。戸棚から乾いたパンを取り出し、スープをついだ椀と一緒に卓上に並べる。
さっと食前のお祈りを済ませると、少年は朝餉に口をつける。
朝餉を済ませ、少年は立ち上がってうんと伸びをした。関節を伸ばし、身体に異常がないことを確かめる。桶の中の残った水で簡単に椀をすすいでから、少年は小屋の入り口のところに立てかけてある杖を手に持ち外に出る。
まだあたりは霧がかかっていた。
「アカリ」
声の方向を見ると、小屋のある坂道の下、沢に沿った山道に壮年の男がいた。集落の見知った者だ。手には斧と頭陀袋を持っている。
「出るのか」
「うん」
「そうかい。悪いが、頼むぞ。俺も仕事にならん」
「わかってる」と少年はうなずく。
昨日の夕方、森に出ていた集落の者から、ひとを襲う『魔物』が出現したという情報があった。『魔物』の討伐のため、少年は今日駆り出されることになっている。
「明日からは『峡谷』への旅になるんだろう?」
「うん」
「本当に悪いな。今日くらい、お前もゆっくりしていていいはずなのに」
「大丈夫」
「カイユ様はなにか言ってたか?」
「ううん。とくになにも」
「そうか。ちゃんと帰って来いよ」
「うん」
少年――アカリがうなずくと、男は快活に笑って手を振って去っていった。
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