第3話「お父さん、ごめんね」

「ソーラーアローズ」こと、イヅル・イグニスの拠点は、セントラルシティとオリエンタルシティを隔てる森の中にある。


パッと見は、ただの家庭菜園のガラスハウス。

しかし、地下には研究所がひろがっている。

誰もこんなところにヒーローの拠点があるとは思わないだろう。


まずは、ガラスハウスの入り口をチェックする。

ここにセントラルシティの紋章が入っていれば、すでに司令官が派遣されている。

つまり、ゲームのストーリーが始まっているということになる。


(特殊なインクで書かれているから、鏡で光の当て方を変えないと見えないはず)


家から持ってきた鏡でくまなく調べたけど、セントラルの紋章は見つからなかった。


……よし、まだ本編前!


それなら、いろんなことが間に合う。

「ソーラーアローズ」のレベルも先に上げておけるし、条件さえわかれば『GIFT』も発現できるかもしれない。




ゲーム序盤、「ソーラーアローズ」のレベル上げには苦労した記憶がある。

他のヒーローとは違い、技術サポートチーム「アローズ・ギア」のレベルも上げなければいけないからだ。


『GIFT』を持っていない「ソーラーアローズ」は、空を飛ぶためにはジェットエンジンが必要だし、必殺技のファイヤーアローを出すためには火炎放射器が必要だ。


ファイヤーアローは、その名の通り太陽の炎をまとった矢を無数に放つ技なのだが、敵に命中した後に芯の矢がきちんと燃え尽きるよう計算されている。『GIFT』に見えるように。


イヅルさんは発明家でもあるので、ヒーロー活動に必要なガジェットを自分で作っている。それを支えているのが、「アローズ・ギア」だ。

研究所メンバーである彼らのレベルを上げることで、高性能のガジェットをソーラーアローズに提供できるようになる。


『GIFTLESS』が『GIFT』に見せかけるためには、高度な技術力と努力、そして信頼のおける仲間が必要なのだ。




(そういえば、なんで『GIFT』がないのにヒーローやってるんだろう)


ゲームの中でも、核心に触れたことはなかった気がする。

たしか「愛する家族のためだよ」と言っていたような……曖昧!

いや、そこが好きなんだけど。




ともかく、次の私の目標が決まった。

それは、「アローズ・ギア」に入ること。


もちろん、『GIFT』発現の条件も探していくけれど、きっと時間がかかるし知識も足りない。それならば、『GIFT』が発現するまで、イヅルさんを技術面でサポートしつつ、研究所全体のレベルも底上げする方がいい。


転生前、大学で勉強していたロボット工学の知識を使うタイミングはここだ。

女子が極端に少ない工学部でがんばっていた甲斐があった。


そうと決まれば、研究所に乗り込んで、イヅルさんから許可をもらわなくちゃ。

ゲームだと背景でしか見れなかったソーラーアローズの研究所!

ロボット工学を勉強していた身としても、ゲームオタクとしても胸が踊る。



ゲームでの”ハル”は、研究所にあまり近寄らなかった。

でも、私は”ハル”であり”晴”!最推しヒーローの研究所に入れるなんて夢のようだ。


高鳴る鼓動を抑えながら、地下研究所入り口のドアを開けようと、添えた手にぐっと力を入れる。

その瞬間、ドアが突然内側に開いて、バランスを崩した私は盛大に前転した。


「ハル?!」


あ、その声は……


「ハル、大丈夫かい?」


私を軽々と抱き上げる力強い腕、空みたいな色の瞳、くすんだ金髪のウェーブヘアを後ろでまとめて括った、世界一かっこいい私のヒーロー。


「……イヅルさん」

「え?」


しまった!うっかり名前を呼んでしまった。だってだって、あまりにもそのまますぎて、推しが三次元になるってこんなに破壊力が高いの?しかも至近距離!抱っこされてしまった!



顔を真っ赤にして混乱し続ける私を、イヅルさんもとい"ハル”のお父さんが心配そうに覗き込む。


ちょい待ち。……これ紛らわしいな。

”晴”のお父さんと、どっちがどっちだかわからなくなる。

今の私は”ハル”なんだから、ちゃんと、イヅルさんを「お父さん」と呼ぶことにしよう。そして、転生前のお父さんは”晴のパパ”。そうすればわかりやすいよね。


「ごめんね、お父さん。お仕事の邪魔だった?」


途端、研究所全体に衝撃が走ったように視線が集まった。

お父さんも、固まったまま動かない。


「お父さん?」

「……もう一回」


えっ?泣いてる?!


「お父さん、ハルだよ」

「そうだね、そうだね!ハル!」


感極まった様子のお父さんが、私をさらにぎゅっと抱きしめた。

ちょっと苦しいけど、なんだか幸せだ。


お父さんの金髪越しに周りを見渡すと、なぜかみんな困惑した顔をしている。

なに?私、 何か変なこと言った?


そこでようやく気づいた。

……私、ゲームの設定をすっかり忘れてた。

”ハル”は、お父さんのことが嫌いだったんだ。


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