黄泉平坂サブch【三十年越しの盆送り】後編

【三十年越しの盆送り】202✕年8月23日配信


※以下、動画の一部書き起こし。

 画面には真っ暗な山道が映されている。時折インカメラの画像に切り替わり、カズヤとタクミの顔が映される。後ろからはキクチも付いてきているのが見える。ガサガサと枝葉をかき分ける音と、荒い息遣いに混じって、動物の鳴き声のようなものが遠くに聞こえる。


「なんか……前回来た時より……険しい気が……」

「暑いしね……蚊も……うわっ、もう、ヤバいな……」

「ちょっと……ほんと、足踏み外さないようにだけ、気を付けて……右手斜面なんで」

「あとどれくらいだっけ?」

「もうたぶん、すぐのはずです」


 画面が切り替わる。三人は村に到着したようで、画面の端に廃屋が映っているのがわかる。三人は祠のあった方へと向かっているようだ。カズヤとタクミは周囲を警戒するように、慎重に歩いている。


「これ……あれですね。前回の、ほら、映像を見ちゃってるからかも知れませんけど。気配が、すっごい」

「うん、すごい視線感じる。なんかさ、首筋がピリピリする感じしない?」

「そうですね。気配と、あと臭いもすごいですね。前回よりすごい、臭い」

「映像にはもうこれ何か映ってるのかな?」

「とりあえず肉眼では何も視えない……視えないですね。何でですかね、もう、いるっていうのは確実だと思うんだけど……」

「波長が合わないのかな」

「うーん、これ、■■さん──あのDMくれた子とかが来たら視えたりするのかな。霊感のあるなしとかじゃなく」

「ああ、血ってこと? その、親類縁者的な?」

「そう。いやあ、どうにか……肉眼で、視たいな」


「ねえ、ごめん、ちょっと良い?」

 普段はカメラマンに徹してほとんど話すことのないキクチが声を上げた。二人は足を止め、キクチの方を振り返る。

「どうしました?」

「ちょっとさ……ごめん、ちょっと一回映像確認してもらって良い?」


 画面が切り替わり、村に到着してからのカズヤとタクミを後ろから撮影した映像が流れる。画面にはところどころモヤのようなものがかかって見える。その映像をバックにテロップが流れる。【村の中を映した映像に、モヤのようなものがかかっている】【レンズの不調を疑ったが、村に入るまでの映像にはモヤは見えない】【また、モヤは動いているように見えるため、レンズの曇りでもないようだ】


「ひとり検証やってみます?」

「え? 今?」

「だってこのあと霊を送っちゃうわけじゃないですか。どうせなら今、やりません?」

「どこで?」

「あ、じゃあ、ここから祠までもうあとちょっと、すぐそこなんで。一人で行って、その、盆送りの儀式をして、村の入り口まで戻ってくるというのはどうでしょう。さすがにね、山道をひとりで、っていうのは危険過ぎるんで」

「誰が行く?」

「うーん、じゃんけん?」

「ふたりで?」

「おっ、じゃあキクチさんもやりましょうか」

「いやいや。え? えー」

「よし、じゃあ三人でじゃんけん──」


 カズヤの音頭で三人はじゃんけんをする。2回のあいこの後、カズヤの負けが決まった。


「くっ……」

「ほんとじゃんけん弱いよね」

「いや、まあ、僕ら幽霊をこの目で視るためにやってるわけですから。実質勝ちですよね」

「ああ、うん」

「ですよね?」

「じゃあ、よろしくお願いします」


 画面が切り替わり、画面にはカズヤひとりの顔が映っている。


「はい。ということでね。二人には村の入り口に待機してもらって。僕はこれから、ひとりでね、あの祠の置いてあった場所まで向かいたいと思います。いやー、ちょっと、怖いなー。怖いぞこれ」


 ナイトショットで撮られた村の中の様子が映される。村(の跡)だとわかって見ているから村の中だとわかるが、実際には山道と大差ない。木々は植わっていないものの、元々は道や広場になっていたと思われる場所も、その一面が膝丈くらいの雑草で覆われている。


「あ、あれですね」


 画面の奥、草むらの中に明らかに人工物とわかる石組みの囲いがちらりと見える。その上には空っぽになった石の祠が静かに横たわっていた。


「それでは……このね、精霊馬。準備してきました、精霊馬。帰りの分なんで、茄子で作ったやつですね。これを祠の、この、石のくり抜かれた部分に置いて、儀式を始めたいと思います」


 定点カメラが置かれ、祠の方を映す。映像には、祠に精霊馬を置くカズヤの姿が映される。


「なんか……ここに来てから、視線、気配をより強く感じますね。そして、臭い。映像では伝わらないと思いますが、腐敗臭がすごいです。正直ちょっと鼻で呼吸出来ないくらい……これ、この、ここ。井戸じゃなくてね、なんか、ごみ捨て場みたいな場所だったらしいんですけど……この中に何かあるのかな? 生き物の◯骸とか……。ちょっと、開けてみようかな……」


 石組みの四角い枠の上には2、3センチほどの厚みの石の蓋が置かれている。カズヤは手に持ったカメラをいったん蓋の上に置くと、恐る恐る両手で押して蓋をずらそうとした。


「ん……あ、重い……ダメだ。そりゃそうか、これ、祠で重しされてるから、見た目以上に重いんだな」


 画面が切り替わり、定点カメラに向かってカズヤが語りかける。


「それではこれから盆送りの儀式をしたいと思います。送っていただいた呪文の、音声を流しながら、僕も合わせて唱えていきたいと思います。これ、何回くらい唱えれば良いんだろう……まさか百八回とかじゃないよね。一応これ、音声が5回くらい繰り返して唱えているので、それに合わせてやりたいと思います」


 カズヤは立ち上がり祠の前に立つと、蓋の上に置いたスマートフォンで音声を再生し、両手を合わせて目を閉じた。


『ずんばら はばりゃあ ふん ふん』

「ずんばら はばりゃあ ふん ふん」


 老婆の声に合わせてカズヤもたどたどしく呪文を唱える。風が出てきたのか、木々のざわめきが強くなる。甲高い、獣のような声も聞こえてくる。


『ずんばら はばりゃあ ふん ふん』

「ずんばら はばりゃあ ふん ふん」


 定点カメラのピントが一瞬ぼやけて、正常に戻る。


『ずんばら はばりゃあ ふん ふん』

「ずんばら はばりゃあ ふん ふん」


 カズヤが虫を払うように頭を振った。音声にノイズが入る。画面の至る所にモヤが浮かんでは消える。


『ずんばら はばりゃあ ふん ふん』

「ずんばら はばりゃあ ふん ふん」


 ジ、ジ、ジと虫の羽音のようなノイズと、低い声で何かを囁くような音が聞こえるが、木々のざわめきに混じってよく聞き取れない。


『ずんばら はばりゃあ ふん ふん』

「ずんばら はばりゃあ ふん ふん」


 数秒の余韻の後、カズヤが顔を上げた。そして改めて小さくお辞儀をすると、蓋の上のスマートフォンを取り上げ、定点カメラに近づいた。


「ええと、これで、一応、盆送りの儀式は終了となりますので。村の入り口、二人が待っているところまで戻りたいと思います」


 画面が暗転し、歪んだクラシック音楽が流れ始める。ゆっくりとテロップが浮かんでは消えていく。


【その後、何事もなく下山】【自宅に戻り映像を確認すると、前回同様、顔のようなものが多数映っていた】【そしてその顔は】【儀式の最中にも映り込んでいた】


 画面が切り替わり、カズヤが祠の前で一人呪文を唱える姿が映される。すぐに暗転し、テロップだけが浮かんで消える。


【至る所に映り込んだモヤのようなもの】BGMが止まる。

【顔に見える】不安を掻き立てる低音が響く。

【彼らは儀式を見守っているのだろうか】

【その後、我々に特に霊障のようなものは起きていない】

【あの村に棲まう死者たちは成仏してくれたのだろうか】

【それとも──】


 再び画面が切り替わり、祠の前に立つカズヤが映される。

 ジ、ジ、ジと虫の羽音のようなノイズと、低い声で何かを囁くような音が聞こえる。音声加工により少しずつ、周囲のざわめきが抑えられ、低い声だけが強調されていく。


『……だ』


 音量が徐々に上がる。


『……だ』


 低い男性の声。怒りを押し殺すような声だ。


『だめだよ』


【だめだよ】


【ヨモツヒラサカch】


(映像終了)

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