木幡菖蒲

「──ってことがあったんですけど、キバタさん、どう思いますか?」


 これまでの経緯を話し終えた和也はテーブルの向かいに座る木幡菖蒲に視線をやったまま、ふうと息を吐いて背もたれへと体重を預けた。木幡は手にしたスマートフォンで【死者が棲む村】の動画を見ている。そして、少し考えるような素振りを見せてから口を開いた。


「うーん、これは、本物が映ってるわねえ。しかも、たくさん」

「やっ、やっぱり本物ですか!?」

「うん。良かったじゃない、カズヤ君。おめでとう」


 木幡は目の前で小さく拍手をした。

 それを見る和也の表情は、暗い。


「まぁ……そうですね……ありがとうございます」

「どうしたの?」

「いや、まあ、映像に収められたのは嬉しいですけど……。やっぱりこの目で視たいんですよ。幽霊」

「それは……だってカズヤ君、霊感ないから……」

「それはわかってるんですけど、ワンチャン、可能性はありますよね? 霊感なくても」

「うん、霊感がなくても、まれに波長が合っちゃうのか、幽霊が視えることはある、はず」

「その言葉を心の支えに頑張ってます」

「あんまり視えて良いことはない、と思うけどね」


 一瞬の気まずい沈黙。静かで落ち着いた雰囲気の喫茶店。さっきまで心地よかった静寂が重苦しく感じた。和也はそれを破るようにわざとらしい咳払いをして話し始めた。


「あの、キバタさんはどう思いますか? その、この場所にこれだけの幽霊が集まってるっていうのは」

「そうねえ、何の曰くもない場所にこれだけたくさんっていうのは珍しいわよねえ」

「霊的磁場が強くて引き寄せられて来てるとか?」

「うーん、その、あんまりそういうのは……ないかなあ」

「じゃあ、何でなんでしょうね」

「もしかしたら、その、カズヤ君がインタビューしたお祖母様の言ってらしたことが正しいのかも」

「と、言いますと?」

「ご先祖様の霊が、地縛霊になってしまっているのかも」

「そういうことってあるんですか?」

「成仏していないのなら、ありえるわね」

「でも、お盆に還ってくるご先祖様って……一度は成仏しているんじゃないんですか? 一度成仏した霊が現世に戻って改めて地縛霊になるなんてこと、あるんですか?」


 和也の問いに、木幡は少し困ったように下唇を軽く噛んだ。


「私は聞いたことないけれど……そもそも、私は成仏した霊が戻ってきたのを視たことがない、かな」

「え? そうなんですか?」

「うん」

「えー、じゃあ成仏した霊ってどうなるんでしょう」

「そもそも『成仏』って仏教の言葉よね。あの世の概念もそう。宗教で語られるような天国や地獄、転生や救済が実際に存在するのかは私達にはわからない。この世から消えた霊がただ無になってしまうのが寂しいと考えた人達が、宗教上のあの世を考え出したんじゃないかな」

「なるほど……じゃああんまり供養とか、その、お盆だとかお彼岸だとかって意味ないんですかね?」

「いいえ、そんなことないわよ。成仏して仮に霊が無になってしまったとしても、故人を思う気持ちは尊いわ。それに、私が視たことがない、視えないだけで、実際にはどこかへ行って、そして還ってきているのかも知れないしね」

「はあ……」

「えっと……ごめんね、話が脱線しちゃったね」

「いえ、貴重なお話が聞けて、むしろありがとうございます」

「……これは私個人の見解だけれど、この村で亡くなった方は成仏出来ず、この村に囚われているんだと思う」

「何故?」

「わからないわ。霊感はあっても、幽霊と話したことはないしね」

「え? そうなんですか?」


 木幡の意外な返答に和也はほんの数十秒前と同じ声を上げる。無理もない。和也は、霊感のある人間は当然幽霊と話したり気持ちを通じたりしたことがあるのだと、思い込んでいた。


「声を聞いたこととかはあるけれど、それはあっちから一方的にで、こちらから会話を試みたことはないわね」

「なんで……?」

「カズヤ君だって、知らない人に一方的に支離滅裂なこと話しかけられても返事しないでしょう? それが生きてる人間だとしても。だって、怖いじゃない。ねえ?」

「たしかに……」

「お祓いとかする方は話しかけたりするだろうけどね。うーん、それでも私、あんまり会話が成立しているのを見たことはないわねえ」

「心を読んだり、気持ちを感じたりは?」

「超能力者じゃないんだから。そんなの無理よ」

「そうなんですね……」


 木幡はコロコロと笑ったが、和也は心底落胆した。そして心の中で「霊能力者は十分超能力者だろう」と叫んだ。


「だからね、実は私、成仏出来る幽霊と成仏出来ない幽霊の何が違うのかはっきりしたことは知らないの。たぶん、一般的に言われているように、未練のあるなしなんじゃないかとは思うけどね」

「なるほど……じゃあ■■■村で亡くなった人達は皆んな、何か現世に未練があるってことなんですかね……」

「それか……」

「……それか?」


 言いかけて木幡は口を噤んだ。言葉を選んでいるのだろうか。冷めたコーヒーに口をつけ、和也は木幡が口を開くのを待った。

 数十秒後、木幡はふうっと息を吐いてから、再び話し始めた。


「カズヤ君、これは私の……下衆の勘繰りというか、邪推、かも知れないけれど」

「はい」

「なんかちょっと、その村。そもそもおかしくない?」

「と、言いますと?」

「カズヤ君も、お祖母様からお話聞いて、何か感じなかった?」

「……そうですね、そもそもなんで移住したのかよくわからないですし、わざわざ山奥に住んで、町へ何の仕事をしに行っていたのか。何だかちょっとだけ、違和感は、はい、ありました」

「そうよね。私もそこが気になって。だから……もしかしたら、何か人に恨まれるようなお仕事をされてたんじゃないかな、って……」

「なるほど」

「ほんと、こんなね、勝手な妄想、失礼だとは思うんだけどね」

「いえいえ。僕も同じように感じてました。言い方悪いですけど……詐欺師集団なのか、新興宗教団体なのかはわかりませんけれど。なんかちょっとね、僕もおばあちゃんの話聞きながら、そういう想像が頭をよぎりましたよ」

「うん……。その、幽霊が成仏出来る出来ないの理由ははっきり知らないんだけどね。意図的に幽霊を現世に留める方法があるのは知っているの」

「えっ、そんなのあるんですか?」

「詳しい方法は教えられないけど……」

「大丈夫です大丈夫です」

「ひとつは、呪い。除霊とは逆の方法ね。幽霊に成仏を促すんじゃなくて、要するに成仏の邪魔をするの」

「なるほど」

「もうひとつは……まあこれも一種の呪いだけれど。恨みの力。生きている人間や、恨みを持って亡くなった人間が、その霊が成仏するのを怨念の力で阻害するの」

「そんなこと……実際に出来るんですね」

「これはもう除霊と同じように技術というか、こっちの業界では連綿と受け継がれている知識だから、確かよ」

「なるほど。呪いはある、と」

「うん。だからそのお祖母様の仰っていたお盆の儀式は、還ってきたご先祖様を送る為のものじゃなくて、成仏させる、あるいは霊を鎮める為のものだったのかも」

「……と、なると、数十年儀式をやっていない今──」

「心霊スポットになっちゃったのかもね」


 ──帰り道、一人になった和也は先ほどの木幡との会話を何度も反芻していた。あの村が『ガチの心霊スポット』であることはお墨付きが出た。と、なれば再びあの村に行くことは決定だ。本物の幽霊をこの目で視る為にここまで頑張ってきたのだ。問題は──、


「おばあちゃんの言ってた儀式をやるべきか、やらないべきか、だな」


 思わず、声に出た。

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