飯塚和也・嶋田拓実・菊田千尋

「えーっと、じゃあ打ち合わせ始めよっか。タクミさん音声大丈夫?」

『うん、だいじょ──。ごめん──なんかちょっ──聞こえる?』

「ギリ大丈夫ですね。こっちの声は聞こえてますか?」

『そ──ばっちり──』

「キクチさんは大丈夫ですか?」

『大丈夫だよー』

「じゃあ始めますね」


 和也はパソコンのモニタから近づけていた顔を離すと、買い替えたばかりのデスクチェアにもたれかかった。画面上にはカメラに映った自分の顔と、拓実、菊田の顔が並んでいる。拓実は出先なのか、音声だけでなく映像も少し乱れている。

 元々は和也の自宅で打ち合わせすることが多かったが、最近はこうしてリモートで打ち合わせすることが増えた。


「えっと、今回ちょっと相談したいのは、こないだの『死者の棲む村』のことなんだけど。いくつかDM来てまして」

『あ、そうなんだ』

「いやね、実は一昨日の生配信の前に来てたんだけどさ、ちょっと内容的に先に話さない方が良いかな、って思ってさ。タクミさん聞こえてる?」


 拓実の映像はかなり乱れている。かろうじて、指でOKサインを作っているのが見て取れた。どうやら電波の良いところを探して移動しているようだ。


「じゃあ続けるね。で、そのDMっていうのが……今、画面共有するね。あ、拓実さんは画面見れるのかな? まあ良いや、まずは1つ目、読み上げます」

『ご──ねー』

『俺は大丈夫よ』

「えっと、じゃあ読みますね『突然のDM失礼します。■■大学オカルト研究会、会長の堀田と申します──』」


 メッセージの内容を和也が読み上げる。拓実は電波の良い場所を見つけたようで、画面のディレイやノイズが無くなっている。


『えーっ、やだね。こういうの』

『わざわざさ、こうやってネタばらししてくるのがイヤだよね。俺達もさ、コメント読んでて、ある程度は察してるわけじゃん? それをわざわざさあ、いやあ、イヤだね』


 読み終わるのを待って、二人が声を上げる。拓実以上に不快感を示したのは菊田だった。ヨモツヒラサカchの企画担当は和也であり、基本的に他二人がそこ(企画内容)に意見をすることはないのだが、映像の中での過剰と思われる演出やミスリードに対しては菊田は人一倍厳しい。ある意味、誰よりも視聴者目線ともいえる。


「まあちょっとねー、これについては僕もすごい不快。不愉快。なんかさ、僕らがヤラせやったみたいな気になるよね」

『そうだね』

『えっ、何かさ、そのDMに対しては返したの?』

「ううん、スルーよスルー。完全無視」

『それが良いね』

『俺もそれが良いと思う。返信してもさ、考えすぎかもだけど、何か、晒されそう』

「あー、スクショされて?」

『そうそう。大人の対応しても怒っても損しそうな気がしない? そういうヤツらってさ。■■大学だっけ? そこそこ頭良い学校のクセにさあ、何やってるんだろうね』

『菊田さんの急な学歴コンプ』

「まあまあ、でも菊田さんの言う通りだと思います。じゃあこの件はスルーで良いですね?」

『うん。良いと思います』

『スルーで』

「はい。じゃあ次の議題に移りまーす」


 和也がパソコンを操作し、画面に映る画像を切り替えた。


「次もDMなんですけど。ちょっとね、似たようなのが2件、来たので。それぞれ一応読み上げますね『こんばんは。初めてメッセージ送ります。先日の【死者の棲む村】観ました。大変面白く、また大変恐ろしかったです──』」


 ゆっくりはっきりと文面を読み上げる和也の声を、拓実と菊田は黙って聞いていた。


「『めちゃくちゃ応援してるので、これからもお体には気をつけて頑張ってください!』と、いうことです」

『場所はあってるね』

『ね。これはさ、ちょっと気になる内容だね』

「ですよね、気になりますよね」

『これ、写真も送ってくれたの?』

「はい。二人とも写真を何枚か送ってくれて」

『今出せる?』

「ちょっ、と待ってくださいねー。あの、動画のスクショと並べて、比較しやすいようにしておいたんで」

『さすが、出来る男』

『営業ナンバーワン』

「全然ナンバーワンじゃないんで。やめて、本当に」


 画面に高齢女性の顔写真2枚と、動画の画面をスクリーンショットした画像が並べて映し出される。写真の方は、プリントされたものをスマホで撮影したもののようだ。スクリーンショットの方は、画像の一部を拡大したものなのか、少し画質が荒い。


「どうです?」

『あー、うーん。そうねえ』

『似てる、っちゃ似てる、かなあ』

「これ僕的には元々シミュラクラじゃないかと思ってたところなんですよね。葉っぱにライトが反射してるんじゃないかな、って」

『いやあ、微妙だなあ』

『見えるっちゃ見えるけど、こうやってね、並べて見せられてるから、ってとこはあるかなあ』

「ですよねー。僕も自分で確認して、んー、微妙だなって思ったんで。ちょっとね、メッセージはスルーしてたんですけど──そこにきて、はい、こちらが2通目のものになります」


 画面が切り替わり別の画像が表示された。今度は高齢男性の顔写真が1枚、そしてスクリーンショットが2枚。写真の方はやはりプリントしたものを撮影したものだ。スクリーンショットは2枚がコマ送りになっているようだ。画面に表示された瞬間、拓実と菊田は「おっ」と口々に声を上げた。


「こちらは、どうでしょう」

『これは……』

『見えるね。似てる』

「ね、おんなじ人に見えますよね」

『これってさ、何分のとこだっけ?』

「動画のですか? 15:21の前後ですね」

『ちょっと待ってね……俺さ、顔に見えたところ、全部メモったんだけど……』


 そう言って、拓実はスマホの画面を操作し始めた。何度も指がカメラ前を通過し、その度に画面がチラついた。


『あ、うん、やっぱり。俺もこの顔メモしてる』

「はい」

『うん』

『……え? それだけ?』

『あ、ごめん。それだけそれだけ』

「拓実さん、謎の自慢は良いんで」

『ごめんごめん』

『えー、でもさ、これホントすごいね。え? でさ、その、このおじいさんが■■■村出身なんでしょ?』

「そのようです。それで、同じく■■■出身のおばあさんはご存命だと」

『マジかー』

『どうする? インタビューする?』

「まず何をインタビューするか、ですよね」

『そのさ、おばあちゃんにはこの動画、っていうか画像は見せたのかな?』

「そこはわかんないです。聞いてみないと」

『とりあえずDM送ってくれた子……あれ? 女の子だよね?』

「アカウント見た感じはたぶん若い女の子ですね」

『その子にさ、おばあちゃんにも見てもらったのか聞きたいね』

「んー、まあそうですね。まあでもそれは後でも良いかなあ。とりあえずおばあさんにはインタビューする方向で考えます?」

『それはやっぱり、ねえ。しようよ。聞きたくない? 村の話』

『まあでも聞いてどっちに転ぶかだよね』

『どっちにって?』

『うちらはさ、あそこが『呪われてる』みたいなスタンスで動画撮ってるわけじゃん? でもさ、住んでた人からしたら『別に普通の村でしたよ』みたいな。廃村になったのも普通に人口減少とかさ』

『あー、ネタばらし的な感じになる可能性?』

「ネタばらしで済めばいいですけどね。怒られる可能性もありますよね。『ひとの生まれ育った場所をなんて酷い!』みたいな」

『可能性あるなあ。おばあちゃん』

『そこは逆に動画とか見せないでさ、シンプルに村の話が聞きたい、ってだけでインタビューするのが良いんじゃん? あとは話の流れでさ、動画のこと──っていうか、あの村が心霊スポットになってるんですけど、って話せたら話すみたいな』

「それが一番良いですかね。それで聞けた話の強さで、メインで上げるかサブに回すか、はたまたメンシプか。って感じですかね」

『だね』

『それが良いと思う』

「じゃあ、メッセージくれた方には、とりあえずおばあさんに村の、当時のこととか、廃村になった経緯とか聞きたい、って返信しますね」

『うん』

『よろしくー。あ、とりあえずまだおばあちゃんに動画見せてないなら見せないでって言っといた方が良いよね』

「了解です。じゃあその方向で動きます。僕からは以上です」

『オッケー』

『俺からは特にないでーす』

「はい、じゃあお疲れ様でーす。切りますねー」

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