〜1章〜 1.失ったもの


「レオ!俺のことは置いていけ!お前だけでも逃げるんだっ!!」


「やだっ!父さん!父さんってば!!」


「いいから逃げろ!!おまえは…、お前はまだ、未来を生きる希望を持っている!!」

 炎は町を包み込み、足元は血と、泥と、瓦礫で埋め尽くされ、もう足の踏み場もないような状態だった。


「魔導大戦」と後の世では語られたこの戦いは、「魔力持ち」と「魔力なし」によって引き起こされた戦いだ。


「魔力持ち」は名の通り魔力を持って生まれた人間のことで、

(ここでいう人間はきっと君たちであろう[ホモ・サピエンス]と同じだ。)

 遺伝子なものが多いが、稀に「魔力なし×魔力なし」の組み合わせでも生まれてくることがあるといい、

「魔力なし」も名の通り魔力を持たずに生まれて来た人間のことで、

 差別の対象にされやすいと言われている。「魔力持ち×魔力なし」の組み合わせで、片親が魔力を持っていても、子は持たずに生まれてくることがあるという。


 と言っても人種的には同じで分類が違うだけ。たかがそれだけで争うのだ。

 今、1番戦況が厳しいのは、防衛ラインの最前線、「リザ」と呼ばれる神殿がある場所。

 その近くに僕たちの町「ラタ」があった。


 僕は父から離れまいと腕にしがみついていたが、子供の必死な抵抗も、大人の力からすればただのささやかなイタズラに過ぎない。難なくその腕を外され、崩壊する家から遠くに突き飛ばされた。


「うわっ!!」


毎日鍛えていたのだろうか、父の力は優しく手を握ってくれるあの時より、何十倍も強かった。

 そして最後に僕が見たのは、崩れる家、笑顔だったがボロボロになった父の姿だった。


「父さんっ!!とうさーーん!!」

 もうこれ以上は無理だ。頭で分かっていながら、無意識のうちに、僕は崩壊した家へ駆け寄り、父を助け出そうとした。

 その足元では6歳の妹が事切れていた。


「リア…。」


 昨日までは、あんなに笑いが溢れていて、平和な世の中だったのに。

 コンクリートから剥き出しになった鉄骨が、割れた木材の破片が、ガラスが、

 たった8歳の子の身体を傷つけて行く。


 ようやく父の手が見えたと思った時、もう助からないことを理解した。

 治療が不可能なほどに、身体中が損傷してしまっていた。グロいほどに内臓が破れ、

 血飛沫が辺りに飛び散り、骨はもう内臓から見える状態だった。


「父さん…。」


 今のこの世界の技術では無理だ。

 そう悟った途端、僕はその場で膝をついた。

 不意に両目からは熱い雫がポタポタと落ちて、地面の色を変えて行く。


「おい!ボウズ!そこで何してんだ、早く逃げるぞ!」


 後ろから誰かの声が聞こえてくるが、僕はもう逃げる気力も、精神も、何もかも残っていなかった。

 ただ、無気力な状態で、なんの目的も無く、なんのために泣いているのかさえ。

 そもそもこれが「悲しい」という状態なのかさえ、分からなかった。


近くに落ちていた大切なポシェットを胸元に手繰り寄せてギュッと抱きしめた。


「もう、このままでもいいかもな…」


近くに熱気を感じる。きっと炎がすぐそこまで来ているのだろう。

いっそこの身を焦がしてなにも残らないようにしてくれ。

目を閉じて身を焼かれるのを待っていた時、


「ボウズ!!逃げるぞ!!」

 ぐいと手首を掴まれ、無理矢理立たされた。手を取ってくれたのは近くのパン屋のおじさんだった。いきなり立たされ、ふらりとバランスを崩しかけたが、背後に迫る業火に目を見張った。


「っ!!」


 赤々とした炎は、さながら魔物のように口を開き、今にも呑み込まれそうな。そんな感じがした。

僕はこれに身を任せようとしていたのか。


 高さは軽く10メートルは超えているだろう。いや、もっと、もっと高いかもしれない。


「いいか。ボウズ、よく聞け。」


 しばらく走って炎を撒いたところで、手を引っ張っていたおじさんは町から出る門の前で立ち止まり、僕の目をはっきり見て言った。

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