第4話
金曜日というか土曜日にもう変わってしまった深夜二時。台所には、さっき食べたシーフード味のカップ麵の容器の中でスープと水道水が混ざり合っているようで油と水が分裂していた。寝る気も起きないので、暇つぶしにTikTokを開く。高校で撮ったのだろうか、高校生らしきカチューシャか何か猫耳を着けた体操着姿のイケメンの男の子と、制服を着てスカートをギリギリまで上げた足の細いキャバ嬢みたいなクラスメイトらしき女子二人が曲に合わせてダンスをしていた。この三人は友達なのだろうか。それとも、これから3Pでもするのだろうか。コメント欄には、「細いけど男子の筋肉ある感じ髪型、体型、モテそうだ」や「猫耳つけてくれてTikTokもノリノリで撮ってくれて筋肉もあって身長もあるからこんな可愛い子2人と付き合えるのも納得」とあった。あぁ、やっぱり二人と付き合っているよな。こんなに男の子はイケメンで、女子は可愛らしいならモテるしヤリまくっているだろう。無意味な妄想をまたしてしまう。
オナニーをしようと、“X”で「いいね」をした投稿を見る。屈強で筋肉質なマッチョな男がもう一人のマッチョな男にペニスを挿入されている。他にも、女性が背の高い細身の男のペニスを触り、上下に動かしているものも「いいね」をした。男のペニスは細長かった。体つきと性器がリンクしているようだった。小柄で可愛らしい顔つきの子がゴーグルを着けたおじさんに全身を触られ、激しくペニスをいじられていた。美少年二人がアナルセックスをしているものもあったし、黒人男性が日本人をまるでレイプのように犯しているものなど“男女もの”と同じように探せば色々な種類があるのだと感じた。今回は誰かの“ハメ撮り”にした。体の内側から湧き上がる「性欲」という汚らしいものを「排出」したかった。セックスの姿しか見たこともないような動画の、中の人が「果てる」タイミングで自分も射精をした。ティッシュで拭っても亀頭に滴れる粘液が、性が「生きる」ことと密接に関わり合っていることを再確認して気分が悪くなった。体温の中心がペニスから体に戻った。人間の「核」を抉り取られた瞬間だった。誰かに依存できることが羨ましい。
いつものように、あんりを探すために夜、歌舞伎町タワーの周りの通りを歩いていた。すると、あんりの姿があった。けれど、いつものように屈託のない笑顔を見せるあんりの姿ではなく、もう一人の少女に両腕を抱えられ全身が完全に脱力した姿だった。
「あんり! 」
「あんた、誰? 近寄らないで。ってか、なんであんりのこと知ってるのよ。」もう一人の少女が訝しげに私に尋ねる。
「自分は井上悠斗っていいます。あんりとは、たまに会って一緒に遊んでるんです。」
「ゆうーと、おひさー。どうしたー? 」あんりは呂律が回っていなかった。
小さな声で、もう一人の少女が「あんり、多分“パキった”っぽい」
「“パキった”?」初めて聞く言葉で意味がよく分からなかった。
「睡眠薬めっちゃ飲んだみたい。できれば寝かせたいけど、ホテル行く金もないしな…。」
「ワカナ、やめてぇー。マジODしか勝たん。ハハハ。」もう一人の少女は、ワカナというらしい。
「何か手伝うことありますか? 」何かあんりのために協力できることがあれば、してあげたかった。
「そうだ、あんた、一万くらい借りてもいい? あんりとわたしで一万くらい持ってるから、もう一万あればなんとかなると思ったんだけど。周りも何人か同じようになったけど、寝ればなんとかなるはずだから。」
「わ、わかりました。でも、こういう時に助けてくれるNPOとかあるような気がするんですけど、どうします?」
「はぁ、あんなとこ行くわけないでしょ。大人はわたしたちを守ってくれないの。だから、あんなところ行ったって無駄。」
そう言われて何も言えなかった。これで良くなるなら、と思い一万円をワカナに差し出した。
「ありがと。あとはわたしがやるからいいよ。じゃ。」
本当にこれで良かったのだろうか。繫華街の爆音が遠くに聞こえる中、ただあんりを介抱するワカナの姿を見つめるしかなかった。
一週間後、この前の通りを歩いていると、スマホをいじっているワカナの姿を見かけた。
「あ、あんた、あの時の。残念だけど、もうあんりは居ないよ。」
「居ない? 」
「そう、パパ活しようと待ってたら、警察のおとり捜査に引っかかって保護されたらしいよ。噂レベルの話だけどね。」
「そうなのか……。」
「まぁ、もうあんりは戻ってこないんじゃない ?前から、“こんな生活続けるよりも警察に保護された方がマシかもしれない”、って言ってたし。けど、前、あんり言ってたよ。あんたと初めて会った時、『やっと心から信頼できる男と友達になれた』って。」
それを聞いて、思わず体の芯が熱くなった。
「じゃ、わたしはこれから用事があるから。そうだ、はい。この前借りた一万円。ありがと。心配しないで、あんりは次の日には良くなったから。」そう言って足早にワカナは去っていった。
あんりと会えなくなってから、体と心が不均衡の状態になっている。肉体も心も疲れ果てた。何か足りない。何かが多い。バランスを取りたいのにどうしても取れない。「私」じゃなくなってしまう。あれから、大学とバイトをなんとかこなすだけで精一杯になってしまった。休みがあっても、時間を浪費していつの間にか夕方になっていたことは一度や二度ではなかった。ジェンガの最後のピースを抜き取らないで。悪夢みたいな現実があるような気がして、確かな現実を探していた。絶望の荒波に巻き込まれながら手に取ったものは、たとえ倫理的、道徳的に間違っていたとしても今ここにある現実を生き抜くための浮き輪にならざるを得ないはずだ。泣き叫ぶ声がかき消される。より強い酸味を伴って毎朝食べるイチゴヨーグルトが戻ってきそうになる。振り子のように感情が揺れ動く。考えれば考えるほど答えから離れていく。よく分からなくなってくる。新宿という“場を借りた空間”にしかもう居場所はない。「ここ」はすでにユートピアでありディストピアである。それに、またあんりと会えるかもしれないし。就職する時に、“夜の世界”から抜け出す日が来るのかもしれない。嵐に巻き込まれるかもしれない。時には、台風の目のように穏やかな時間が来るかもしれない。それはよく分からない。けれど、ここでもう少し漂っていたい。それが「私」である気がする。
完
I am I 悠 @yuu040905
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