第35話 歪な結婚式場
伊月の昂揚は止まらない。命懸けで呪力を抑えてくれている安都真を助けるため、自分の命を守るため、この発見を実らせなければならない。
「玲佳っ、俺が破壊したビスクドールを見せてくれっ」
「えっ、なに?」
「五百城家にあったビスクドールだっ。持ってきてんだろっ」
「ああっ、これ!?」
玲佳は、デイバッグから砕かれたビスクドールを取り出した。割れた顔。転がるガラスの目。見る者にグロテスクな怖気を与えるが、今の伊月には意識の外だった。
見る影もない頭部に比べて、首から下は瀟洒な意匠がまだ主張を続けていた。汚れ一つない白く美しいドレスで着飾られていた。
「白……、純白……」
伊月の視線は五百城家のビスクドールと周囲のビスクドールを何度も往復する。ヴァニーユ。オパラン。オーキッド。ローザ ディ トスカーナ。大抵のビスクドールは頭部や髪に負けないくらい衣装にこだわりを持たせる。阿比留邸のビスクドールも、色とりどりのドレスで美しく着飾られていたが、すべて控えめな淡色だった。主役を引き立てるための背景に徹した優しい色合いで、五百城家のビスクドールのように白いドレスを纏った人形は一体もなかった。
「これはウエディングドレスだっ。このビスクドールは花嫁なんだっ。だから阿比留は、この家から遠ざけたんだっ」
「えっ? なにっ? なにを言ってるのっ!?」
状況が飲み込めない玲佳は、伊月の興奮に引っ張られて気持ちがざわめいた。
「白いスーツを着た男のビスクドールを探すんだっ。タキシードかもしれない。とにかく白い服、純白の服を着た男のビスクドールだっ」
目標が定まれば探すのは容易だ。二人はまだ見ていない部屋を片っ端から捜索した。
白い服っ。白い服のビスクドールだっ。目を凝らして探すが、白い衣装のビスクドールなどどこにもなかった。
「ないよっ。白い服のビスクドールなんて、ここにはないっ」
玲佳が癇癪を起こし始めている。もう少しで真実にたどり着けそうなのに、あと一歩のところで届かないもどかしさが自信を揺るがす。
俺の推理が間違っていたのか? いや、弱気になるな。絶対に間違っていないはずだ。線をたどれ。この推理をもっと深くまで掘り下げるんだ。
「うああっ」
下から安都真の悲鳴が聞こえた。この部屋は作業場の真上に位置しているのだ。
空気中を漂う怨念が、一層濃くなった。瘴気に肺がやられそうだ。
「稀李弥っ、安都真が死んじゃうっ」
「死ぬもんかっ。あいつはそんなにヤワじゃないっ」
さっきとは逆で、いつの間にか伊月が玲佳を宥める立場になっていた。気丈に振る舞っていても、相方の危機に冷静さを保つのは難しい。
落ち着け。俺がパニックになるわけにはいかない。馬鹿げたことだが、ここは傀儡師の式場で、こいつらは招かれた客だ。花婿はこの中の誰よりも目立ってなくてはならない。一番上段に座していなければ……!
「天井かっ?」
見上げると、スライドタラップが収められていそうな四角い枠が目に入った。専用の棒を引っ掛けなければ下ろすことができない。壁に並べられたビスクドールを蹴散らし開閉棒を探すが、どこにも見当たらない。
「くそっ! 玲佳っ。天井だっ。天井をぶち破るんだっ」
「天井っ? どうやってっ?」
伊月は押し入れの引き戸を外した。咄嗟の機転といえば聞こえはよいが、ほとんど反射的に目についたものを手にしただけだった。
幸いにも、引き戸はふすまではなく木目調の合板だった。これなら十分衝撃に耐えられる。
「玲佳っ、そっちを持て。こいつで天井を突き破るぞっ」
「わかったっ。バランスに気をつけてっ」
二人で挟むように引き戸を構えた。背よりも高く構えなくてはならないから、力を調整しないとぐらついて安定させるのが難しい。
「せぇ、のっ!」
腕にあらん限りの力を込めて、引き戸を天井にぶつけた。ミリっと乾いた音がしたが、破るまでには至らなかった。
「きゃっ」
バランスを崩して、引き戸が玲佳の方に傾いた。急いでバランスを取ろうとするも、重力に負けて角が壁に穴を開けた。空けたいのは壁ではなく天井だ。それでも、今の破壊が大いに参考になった。
「もう一度だっ。今度は角を当てるぞっ」
「わかってるっ」
引き戸の角が当たるように角度を調整し、再び思いきり天井にぶち当てた。伊月の狙い通り、一点に力が集約され、天井に穴が開いた。腰や脚に手応えのある衝撃が伝わる。
「もう一度ぉっ」
玲佳との呼吸が合ってきた。三回目は安定して力が分散されることなく、一点集中の効果で、開いた穴を大きく広げた。
「うおおっ」
伊月が捩じるように引き戸を動かすと、穿たれた穴からボタボタと何体ものビスクドールが落ちてきた。そして、その中に白いタキシードを着込んだものが混ざっていた。不気味なことに、他のビスクドールの顔は可愛らしくディフォルメされたデザインなのに、傀儡師のだけはとてもリアルに作られていた。二十代から三十代と思しき男性で、けっして美しいとは思えない。いや、それは控えめな表現だ。ひどく不細工だ。醜い男が笑みを浮かべているので、よけいに不気味さが際立った。
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