男は嫌い
あわぼしつく
嫌いなわけ
男は嫌いだ。
小学生の頃から、男の子たちは私をからかった。髪の毛を引っ張ったり、ランドセルを隠したり。先生やお母さんは「男の子は好きな女の子にちょっかいを出すものなのよ」と笑って言った。私は笑えなかった。
中学生になると、初めて告白をされた。放課後の教室で、ぎこちない様子で「好きです」と言われた。驚きながらも少し嬉しくて、返事をしようとした。でも、その直後、廊下からクスクスと笑い声が聞こえた。仲間たちがこちらを覗き込みながら、何かを囁いている。「罰ゲーム成功だな」「マジで言ったよ」と、誰かの声が聞こえた。私の胸の中で何かが崩れた。男は嫌いだ、とその時強く思った。
高校では、初めて彼氏ができた。優しくて、気が利く人だった。でもある日、彼は言った。「ごめん、好きな子ができたんだ」と。私との時間を過ごしながら、彼の心は別の誰かを求めていた。それが普通のことだとしても、私は悲しくて仕方がなかった。男は嫌いだ。
大学では、また恋をした。彼とはいろんな場所へ出かけた。カフェで話し込み、映画を見て笑い、夜の公園を散歩した。楽しかった。だけど、ホテルに入ったとき、彼は避妊具をつけるのを拒んだ。「大丈夫だよ」と笑う彼の顔を見て、一瞬で冷めた。私は黙って服を着て、部屋を出た。男は嫌いだ。
社会人になっても、男たちは変わらなかった。職場では、同期の男性社員たちにからかわれた。「女は楽でいいよな」「可愛く笑ってりゃ得するんだから」。そんな言葉を聞き流しながら、私はただ仕事を続けた。頑張れば、何かが変わるかもしれないと思った。
そんなとき、彼に出会った。今までの誰とも違う、穏やかで優しい人だった。デートでは私の行きたい場所を聞いてくれた。これまでの男たちは、自分の行きたい場所に私を連れて行くばかりだった。彼は「君はどこに行きたい?」と聞いてくれた。
それだけではない。彼は、他の女に目移りすることがなかった。私の話をきちんと聞いてくれたし、目の前の私を大切にしてくれた。そんな彼に、私は少しずつ心を開いていった。
交際は一年続き、私たちは結婚した。
子供が生まれた。幸せだった。でも、彼は子育てにあまり関わらなかった。オムツを替えるのも、お風呂に入れるのも、寝かしつけるのも、すべて私の役目だった。「仕事で疲れてるんだよ」と言う彼に、私は何度も不満をぶつけた。でも、話し合っても変わることはなかった。
それでも、子供が成長するにつれ、彼との時間は増えた。やっと、穏やかに過ごせると思った。
でも、その幸せは長くは続かなかった。
夫は癌になった。病院で医師が告げる余命は、残酷なほど短かった。日に日に弱っていく夫を見るたびに、私は泣いた。今まで嫌いだと思っていた男なのに、その死がこんなにも怖いと思うなんて。
夫が息を引き取った日、私はただ静かに涙を流した。
ああ、やっぱり男は嫌いだ。
だって私を置いて、どこかへ行ってしまうんだから。
私は窓の外を見た。春の風が、カーテンを揺らしている。
夫のいない家は、静かだった。
時間が止まったように思えた。けれど、世界は変わらず回っている。
私はこれから、どう生きていけばいいのだろう。
男は嫌いだ。
それでも、彼と過ごした時間が、確かにそこにあったことだけは、認めざるを得なかった。
男は嫌い あわぼしつく @Awaboshi_Tuku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます