真摯たる花凪
「あんたがお土産を語るな!? 埴太郎に全戦全敗してるでしょうが!」
「ま、まあ落ち着け。私が負けているのはお土産以外が原因だ。君と竹ノ内氏の関係からしてお土産兵器はダイレクトに届くとみた。である以上、大丈夫だ」
相手と親しい間柄にある。これはお土産による好感度を増幅させる最強の魔法のようなもの。
それがない私がいかに優秀な戦術と戦略を駆使しようと、敗れる宿命にあったのも頷ける。
「ていうか、お土産ってなんなのよ。そんなもんに使うものじゃないでしょ」
「違うぞ凡人。おっと、すねは蹴るなよ」
「チっ、腹立つわね」
「いいか、お土産というのは狙い目なのだ」
「狙い目?」
お土産の価値を理解していない人間は多い。
今こそ、その真価を伝えるべきであろう。
「たとえば、お土産にバームクーヘンやチョコをもらったらどう思う?」
「え、まあ別に……ありがとう程度かな」
「では、そのバームクーヘンやチョコがわざわざ遠出しないと普段手に入らない、限定品や希少品だったらどうだ? しかも食べたら感動するほど美味しかったら」
「まあ、それはちょと嬉しいかも」
「毎回そんなお土産を渡してくる人間をどう思う?」
「ええ? んん……なんかいい感じ?」
「そういい感じなのだ!」
『頭の悪い会話にしか聞こえんのじゃが』
頭の後ろに手を組んで寝ながら、空中を漂う幼女の戯言は無視して宮村に畳み掛ける。
「間違いなく、相手に一目置かれる存在になれる。そして例えばその相手が今度どこかに行く時、あるいは誰かにお土産を持っていく必要が出た時、必ず君を頼るようになる」
「え、ええ。まあそうかもね」
「カフェでお土産についてちょっと語ろうと、デートに誘う口実にはならないだろうか?」
「っ! た、確かに!」
無論、私はまだそこまで関係を詰めれた相手はいない。
今、宮村に語っているのは私が自室でイメトレにイメトレを重ねた結果、アパートの隣人に『警察呼ぶぞ』と謎に国家権力の太鼓判まで押されそうになった珠玉の対山田花子用デートプランである。
「あと、お土産を渡すときにこう言ってみてはどうだ? 『竹ノ内さん、確かこういうの好きでしたよね?』と」
「あのね、そんなこと言ったらいやらしいでしょ。狙ってんのバレバレじゃない」
「違う! 違うのだ宮村!! いいか!? 渡すのは所詮、お土産だ。しかしそこにほんの少し上乗せする『きみ、こういうの好きだったよね?』の好意的な一言はいやらしくなく、自然に、しかも相手が自分への好意をラブとライクの境界線が曖昧に受け止めれる!」
「うーん? まあ確かに……?」
ないじゃろうと呟く空中幼女だが、さっきからこいつはいちいち茶々を入れてくるな。
重要なのはこちらに傾向しかけている宮村だ。
女帝が味方になるまで、あと少しである。
「サークルのような場所だったら尚更いい。相手との関係値が深くない場合、最初お土産を渡すのはみんなにだ。要はデートあるあるに例えるなら『みんなで遊ぼう』だな。そして関係が深くなればみんなのものとは別に、意中の人だけに特別なお土産を。つまりお土産とは直接的なアプローチをかけず相手の好感度を高めていく最良のコミュニケーションツールなのだ!」
「な、何よ花凪のくせに……ちょっと説得力あるじゃない」
「それにもっとメリットがある」
「ど、どういうことよ?」
「お土産はな、相手の好みに合わせる必要がないんだ」
「は? いや、そんな訳ないでしょ」
「いいや、違う。先も言ったが所詮、お土産だ。プレゼントと違い、外してもダメージが少ない。むしろちょっと冒険したものを買って、相手に『へえ、こんなのあるんだ』と、面白さを感じてもらうこともできる」
「まあ、確かプレゼントとお土産じゃ多少好みに合わなくても印象が違うわね」
「会話の達人ともなれば、あえて外したお土産を買ってそれを元に相手とキャッキャうふふの睦まじい会話をすることもできるだろう。そう、女子からの『何よこれえ〜、変なもん買ってこないでよ〜』というセリフをキッカケに!」
「女の子の声真似が気持ち悪い。二度とすんな」
「ごめんなさい」
真剣に怒られた。
「ま、まあ何はともあれ。お土産とは相手と関係を深めるためのツールとして現段階でかなり使えるものなのだ」
そう、お土産による好感度アップ作戦は映画に誘うよりも、買い物に誘うより、明確に下心が感じにくい。
お土産を渡すという文化が、異性をデートに誘う、好感を得ようとするという認識が持たれていないこの現代だからこそ狙える、この天才が閃いたいわば次世代のバレンタインツールなのである。
「どうだ宮村。試す価値があると思わないか?」
さっきの会話中、それなりに好感触だったと思う。
しかし、自信を持って尋ねた私とは裏腹に、宮村の表情は曇ったままだった。
「あのさ、熱弁してくれたところ悪いんだけど。ちょっと……その手段、今は使えないかも」
「うん?」
気の強い宮村にしては珍しく、気まずそうに視線を斜め下に逸らしながら呟くように言った。
「なんでだ?」
問いかける私に「うっ」と呻くように声を漏らした宮村は、しばしの沈黙の後にぼそっとその理由を話した。
「私、今あんまりお金ないのよね」
「……はい?」
金がない。そういえば有栖川からもそんな話を聞いた。
だが、それはおかしい。
宮村が羽織っているパーカーには私でも知っているブランドのロゴがデカデカと記載されているし、ブーツだって足首の関節に合わせてシワができているので、合成皮革ではない本物の革であろう。値段は最低で諭吉三人以上だ。
そんな身なりの女性がお土産を渋るほどに金欠とはこれいかに。
しかも、だ。
「見るからに高い服でコーディネイトしていて、これみよがしに立派な外観のマンションに住んでるくせにどういうことか!?」
竹ノ内氏に見せてもらった建物はアパートではなく、マンションだった。
オートロックセキュリティを完備しているだけなく、エントランスまであるなんて、家賃だけで十万近くはするだろう。
私なんていまだに風呂のガスはレバーをギコギコ回してプラグ点火する、昭和の遺物が存在する古いアパートだ。木造なので壁は薄く隣の情事が聞こえる時もある。
天と地ほど差のある生活をしている女帝が金欠だと?
「本物の貧乏を舐めるな! 毎日がとろろご飯の私に謝れえ!」
「うっさいわねえ、あんたは自業自得でしょうが! それに女は色々あんのよ!」
「女を言い訳にするんじゃない! どうせカバンや服とかであろう! 宮村はすでに美人なのだから、そこまで高いものを買わなくてもいいではないか!?」
これだけ素材が良ければ良い服に身を包むよりも、安いコーデでも十分であろう。
食費すら切り詰める私にそんな状態で金欠と堂々というとは、もはや戦争しか残された道ない。
「っ……あのね、服以上に顔にも気を遣ってるの。これでもコストはバカになんないのよ」
「顔だと? なんだ整形でも……あっぶな!?」
またもや脛を蹴らせそうになったがなんとか回避が間に合った。
「違うわよバカ! 化粧水とかで肌ケアにもお金がかかるの。そこに毎日の化粧品やらトリートメントやら食費を考えたら、男のアンタにもわかるでしょ?」
そう言われると、確かにそうかもしれない。
「そ、そうなのか。ちなみにその肌ケアにはいくらほど?」
「うーん、毎月二万円くらいかな?」
「はあ!?」
二万ってなんだ。二万あれば食費が一月分は賄えるではないか。
「うっさいわね、私は敏感肌なの。肌が荒れない化粧水だとそれくらいしちゃうのよ」
「お、おいちょっと待て。まさか化粧水だけで二万なのか!?」
「だからそうだって言ってんでしょ!」
逆ギレの模様を見せる宮村だが、流石にこれはいただけない。
バッグや靴や服を単発で購入ならわかるが、化粧水などと訳のわからないものに毎月金をかけて日常生活に翳りをもたらすなど言語道断である。
「化粧水なんてものに金をかけるならアルカリイオン水でもつけておけ!」
「つけるか馬鹿! ていうかあんたも肌くらい気を使いなさい! モテたいんでしょ!」
「えっ? まさか化粧水をつければモテるのか!?」
「あ、いや……アンタは無理かも……ごめん」
「どういうことか!?」
涙が出そうになった。
塩分濃度の高い水で良ければいくらでも顔に流せるぞ。
『ふん! 肌に気をつけねばならんなど、哀れよのう。妾のきゅーとでもっちりとしたこの肌の前には人間の化粧品など無意味なのじゃ。ああ、人間とはまっことに不便な生き物よのお』
さっきから幼女がうるさい。
自分の姿が見えないことをいいことに、しきりにドヤ顔で宮村に自分の頬を引っ張って見せている。
本人は肌を自慢したいのだろうが、ただ子供が頬を引っ張ってあっかんべえをしているようにしか見えない。
宮村に姿が見えていないのはこの幼女にとってもよかったのだろう。
自慢のつもりで自爆して、癇癪を起こすのが容易に想像できる。
『ああ、たとえ身長と胸に恵まれようと妾の肌には敵わないのう! 所詮、人間じゃのう! 人間の範囲の美人でしかないのう!』
こいつ、なんか妙に不機嫌だったのは女帝の美に対するただの嫉妬だったのか。
とりあえず鬱陶しいのでとっちめることにした。
『ほれほれ〜、見るがいいこのもっちりした妾の頬を〜。何にもケアなどしむ、むにににに!?』
自慢のほっぺたとやらを潰すように挟むと喋らなくなった。
「ちょっと、なんで何もないところにアイアンクローしてんのよ」
「気にするな、ちゃんとした訳があるのだ」
ジタバタしていたが、膝上に抱えると大人しくなった。
どうやら目の前に置かれている私のカフェラテに興味が移ったようだ。
しばらくはこのままがいいだろう。
「はあ……私は慣れたけど、あんまり奇怪な行動取らない方がいいわよ。あんた、危険人物扱いされているんだから……って、ちょっ!?」
何やら宮村が驚いた顔をしたので、彼女の視線を辿ると見ると空中幼女が私のカフェラテを飲んでいた。
『なんじゃこれは!? 甘くないのう、まずいのう!』
人のカフェラテを勝手に飲んで文句を言う幼女だが、そんなことより宮村の反応が気になる。
「ね、ねえ、今……勝手にカップが浮かなかった?」
「え!? あ、いやほら私が持っているのに気づかなかったんじゃないか?」
『こらあ、何をする! 妾がまだ飲んでる途中じゃろうが!』
カップを持つと、取り上げられるとでも思ったのか空中幼女が騒ぎ始めた。
仕方ないので口元にカップを持っていって飲ませてやる。
『うーん、もっと甘いのはないのかのう』
散々啜り尽くした挙句、お気に召さなかったらしい空中幼女は私の膝上から飛び立つと、近くの席に座っている女性が飲んでいたフラペチーノを興味深そうに眺めていた。
『のうのう! 妾はこれが飲みたいのじゃ!』
(今度な。今は無理だ)
『むー!』
近くに漂ってきた空中幼女に小声でそう告げると、頬を膨らませて不機嫌さをアピールしてきた。だがまさか、宮村の目の前で飲ませるわけもにいかない。
「……私、疲れてるのかしら」
「まあ、ストーカーなんてものに悩まされていればそんなこともあるのではないかな」
宮村はどうやら疲れているということで、今の光景を納得してくれたらしい。
またもやコイツのせいで危うく大騒ぎになるところだった。
「そ、それで、話を戻すが竹ノ内氏は名古屋の出身なのか?」
「ええ、そうらしいわ。ずっと名古屋だったんだって。地元から出たことないって言ってた」
「ほうほう、それは好都合だ」
「好都合?」
女帝にこの天才が役立つプランが見えてきた。
ストーカーとやらは置いておいて、竹ノ内氏と親密になりたいということなら、私の頭脳と経験が遺憾無く発揮されること間違いない。
「ならば任せろ、この天才にとっておきの作戦がある」
『また阿呆なことを』
「また阿呆なことを」
奇跡的に二人の言葉がハモったが、こんなところで奇跡を起こしている場合ではない。
そう、我が作戦によって恋の奇跡を起こすのだ。
「ふん、私が天才であることを知るがいい」
「ど、どこから湧いてくるのよその自信……」
「刮目せよ凡人。聞け我が珠玉の恋愛成就大作戦を」
刮目する意味ないじゃろうと、幼女がぼやくが無視しておく。
「これを実行すれば、相手は君に中毒のように夢中になる」
「いや大袈裟な……」
「大袈裟ではない、すでに高校時代に私が実証済みである」
自信満々に掛けてないメガネを意味もなく指先で持ち上げる仕草をすると、女帝の表情が歪み幼女の目が輝いた。
『なんと! その自信……もしかして今度こそ本当に覚醒か? 神と触れ合える才能の持ち主にふさわしい人間として真価を発揮するのか!?』
驚いた幼女にふっと微笑んで続きを告げる。
「その名を──」
そこで言葉を区切りためを作ると、空中幼女が期待に両手を握る。
「──豚まん爆撃という」
「豚ま……え?」
「豚まん爆撃だ!」
やっぱりこいつアホなのじゃと、ひっくり返った幼女が言った。
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