天才花凪の助言
『で、放っておくのか?』
「そんな訳ないだろう」
つまらなさそうにしていた空中幼女が尋ねてきたが、この好機を逃すわけにはいかないだろう。
女性がストーカー被害に合っているのに好機と表現するのはいかがなものかと我ながら思うが、私も退会がかかっているので切羽詰まっている。
『むふふー、お主は意外といい人間じゃな! 悪漢に狙われるおなごを放っておくなど大和男子ではないからのう! その心意気、褒めて遣わす!』
……本音は黙っておこう。
神と人間のコミュニケーションにおいても、建前は必要なのだ。
「さ、さあ追いかけるか」
『しかしこのあとはどうするのじゃ? 何か策はあるのか?』
「んなもんない。出たとこ勝負だ!」
『こ、この男は阿呆なのかダメ男なのか、いまいちわからんの!?』
「どっちも悪口だろうが!?」
阿呆でもダメ男でもなく私は天才だ。しかし全知全能ではない。
能力の低い部分だけを切り取って変人だのアホだのバカだのの烙印を押すなど、これだから凡人は困る。自分に才能がない凡人だから、平均値の範囲でしか他人を判断しないのだ。
「全く。所詮は幼女、神といえど凡神か」
『なんじゃとお!?』
背中に引っ付いて何やら喚く空中幼女だが、今はこんな凡神に構っている暇はない。
宮村へのプランなどないが、それでも目の前の揺れる金髪が見えなくなる前に手を打たなければならないなら、アドリブを効かせた応用力に頼るしかない時もある。
『お主にそんなアドリブ力はないじゃろうて』
「やかましい! ならば見ておけこの天才の勇姿を!」
私にとって、この程度の苦難は今に始まったことではない。
「待て宮村!」
私が追いかけてくるとは思っていなかったのか、驚いた顔をして宮村が振り返った。
「そなたの良縁、むすんでみせよう!」
『っておい! 妾のセリフじゃろうが! パクるでないわ!』
騒ぐ空中幼女を無視して足を止めた宮村へ真剣に語る。
「大丈夫だ、あきらめるにはまだ早い」
「ちょっと、いきなり何を言って……」
「竹ノ内氏への恋心、諦めるにはまだ早っいっだああああ!?」
「大きい声で何を言うのよ!? ちょっ、コッチこい!」
すねをブーツで蹴られて悶絶した私は、そのまま怒れる貞子に連れて行かれることとなった。
◇
「で?」
大学近くのスターバックスに連れてこられた私は、夜間の閑散とした店内で彼女の詰問に耐えていた。
初めて正面から彼女と対峙するが、絶賛怒髪天を突く最中の彼女の圧は凄まじく、萎縮した私は頭から当初のプランが吹っ飛んでいる。
なんとか体制を立て直そうと「まずはドリンクを頼むべきだ」と主張したら、「モバイルオーダーで頼んである」とスマホを見せられて終わった。
私の分は勝手にアイスラテにされており、ちゃんと四百九十円請求された。
五百円渡したらお釣りの十円は帰ってこなかった。解せぬ。
「それで? あ、最初に言っとくけど隼人さんにもサークルのみんなにも絶対に変なこと言わないでよ?」
これでもかという眼力でジロリと私を睨んで脅しをかける彼女だが、ここで何もしなければ彼女との距離は縮まならない。
今は嫌われてもいい。成果でその好感度をひっくり返すのだ。
そう自分に檄を飛ばして、堂々と私は言葉を口にした。
「あ、諦めるには、ま、まだ早い……。な、何事も、さ、ささ最後まで粘ることが肝心だ」
「震えた声でいうセリフじゃねえだろ」
あかん、恐怖が消せへんかった。
檄を飛ばしたからといって、平常心でいられることとは別問題なのである。
「うおっほん」と仕切り直すように咳をしたら「うわ、親父くさ」と言われて嫌悪感にブーストがかかったようだ。
めげている場合ではない。
「それに諦めるって……はあ、別にもういいわよ。私だって自分の気持ちが……」
「気持ちが?」
違和感である。何やら竹ノ内氏に対する感情は複雑なようだ。
「ってなんで私、花凪なんかに話してるんだろう……」
両手を額に当てて項垂れた宮村が自然と私に毒を吐いた。
普段ならムッとするところだが、それよりも彼女の長い金髪が重力に従いテーブルの上に掛かった姿が綺麗で見惚れてしまった。やはり金髪貞子の名にふさわしい。
「まあ、そう悲観するな。サークルではどのコミュニティにも存在できず消滅の危機を迎える私だからこそ、後腐れなく話せると思えば気も楽であろう」
宮村は本当に参っている様子だった。
流石に少し案じて声をかけると、ジトっとした目で私を見上げてきた。
「──アンタ、なんでそんなに私に構うのよ?」
「ん? そうだな……」
私に彼女からの好感度はなく、互いの関係値はマイナスだ。
そんな私が彼女に積極的に関わろうとすれば、不審がられるのも無理はない。
「宮村にお願いしたいことがあるのだ」
「お願い?」
ここは正直に、利益のためと伝える方が得策であろう。
「私は今度のお土産最終決戦で埴太郎と自然薯のポタージュで勝負する。どうかちゃんと飲んでほしい」
「えっ、は? そんなこと?」
「今まではずっと門前払いを食らっていたからな」
「……言っとくけど、まずかったらまずいって言うわよ?」
「そこは構わん。公正に判断してくれればそれでいい」
お土産に関して、私は本当に美味しいと思ったものしか用意していない。
空中幼女のチョイス品については、お土産が悪いのではなくあんな凡神にお土産を委ねた私の判断ミスである。
「ふーん」
気の強さを感じる瞳が私の内面を探るようにじっと見る。
冷や汗が湧き出そうなくらいに長く感じたが、時間にしたら僅か一、二秒のことだろう。
納得したのか、宮村は渋々と「わかったわよ」と呟いた。
よし、これで第一関門はクリアだ。
あとは私が彼女の問題を解決すればいい。
今、彼女が抱えている問題は二つある。
一つは彼女を悩ませている諸悪の根源、ストーカー被害だろう。
これについては正直、それなりに解決策は思いついているので順次対策していこうと思う。
ただ、もう一つの問題は──。
「宮村はてっきり、イケメン天狗のような美男子系が好みかと思っていたのだが」
「うっさいわねえ。見ていて幸せになれる好きと、惚れた好きは別よ」
「そ、そんなものか……」
「アンタだって憧れの女性の一人や二人はいるでしょう」
「無論、いるぞ。リング0やガメラ3でその輝かしい黒髪を披露した仲間由っぎえええええ!?」
彼女への愛を語ろうと言葉に熱を込めた瞬間、冷や水を浴びせるかの如く私の脛に激痛が走った。
「アンタまた貞子の話題出すつもり? 蹴るわよ?」
「蹴ってから言うな!?」
ブーツの先端で蹴るなど凶器を人に振るうようなものである。
赤くなった脛を心配する私をよそに、宮村明里は私を睨んで言った。
「ていうかさ、アンタみたいな何の取り柄もないやつが私に味方についたところで意味ないんんじゃないの? アンタに何ができるのよ?」
おやおや、たとえ女帝と呼ばれていても私の才能が理解できないらしい。
凡人では天才を図ることはできない。である以上、ここらでこの花凪も凡人に合わせて分かり易く秘策を伝えてあげるとしよう。
「ふん、凡人には理解できんかもしれんが、あのイケオジを攻略するならっったあああ!?」
「誰が凡人ですって? 蹴るわよ?」
「いいっっ!? だ、だから蹴ってから言うな!?」
全く、なんて凶暴な女だ。ラブデビル先輩は言わずもがな、金髪貞子もとなると名友会四大美女とは乙女を偽装する凶暴な変人の集まりではなかろうか。
「おい花凪、なんかムカつくこと考えてるでしょ。ちょっと足を下ろしなさい」
「だ、断固拒否するう!」
椅子に体育座りの形で大切なあんよを貞子の暴虐から守る私はきっと今、このスターバックスに最も相応しくない人間であろう。
周囲の目が痛い。
勉強に仕事に、各々がゆったりとした時を過ごす場所で私たちは少しうるさすぎた。
「はあ、スタバで騒がないでよね恥ずかしい……」
棚に上げるとはまさにこのこと。自分の所業は全く問題がなかったかのような口ぶりに驚きを禁じ得ない。
「それで?」
「え?」
「だから、アンタがさっき言い掛けてた言葉よ。隼人さんへのアプローチに何か秘策があるとか……本当なの?」
「ああ、もちろん」
言い切った私を宮村が胡散臭そうに見る。
「……嘘くさい」
「ふふふ、だが本当にあるとしたら? 婚約者がいる竹ノ内氏が、まだ君に惹かれる可能性が残っているとしたら?」
宮村のような美女が私の秘策を使えば、あのイケオジを振り向かせることは容易い。
「ふーん? まあ一応聞いといてあげる。その必勝法って?」
言葉では私の秘策に興味がないふりをしつつも、前のめりの姿勢になって伺うように下から私を覗き見る宮村を、私は不覚にも可愛いと思ってしまった。
少し唇も尖っている。なるほど、サークルにいる金髪茶髪の猿どもがこの姿の宮村を己のものとしたいと狙っているなら、彼らの阿呆さにも一定の理解は示せよう。
「ちょっと」
「あ、すまん」
そんな余計なことを考えていたら早く話せと暗に促されたので、彼女の目を見て真剣に告げた。
「──お土産だ。お土産を渡すのだ」
一瞬、宮村が口を開けて間抜けな顔をした。
次第に表情に険が宿り、眉を顰め、目に怨念を宿す貞子となった。
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