第7話 口論は続けていると本人たちも何話してるか分からなくなる
「やっぱ、女はダメなのか?」
その言葉は私の耳に痛みと怒りがピーンときた。
「何それ……私に怒りぶちまけるだけじゃ飽き足らず女性蔑視する気!?」
「……かもな」
「は?」
うわ、こいつ、最低。マジでさいってい。
本当に女のせいにしたわ。全部全部女が悪いと思って女全員を見下しやがった。コイツガチで最低だ。こんなクソやろうに私は今まで夫だと思ってたの? こんなクズに対して背徳感を覚えてたの?
「ほんと、いつもいつもこうだよな」
何その言い方。まるで自分が悲劇のヒロインみたいに。キモい、マジでキモい。こういう奴って大抵は自分大好きナルシスト。
こんなキモい奴だった何で分からなかったんだろう。でも逆に考えると気づいて良かった。こんな奴とはお別れしてまともな男と子どもを生んだ方が良い。
てかその言い方がマジでムカつくんだが。
「前から思っていたんだ。どうして、どうして君は重大な意見をコロコロ変えるんだい?」
「は? 何の話?」
「子どもだよ」
ドキッとした。私の心が読まれてるみたいで気持ち悪い。
「君は結婚する少し前に、僕にそういう子どもとかは生まないけど良いでしょって。僕もそれを聞いて少し安心したんだ。今のこの職場とかで子どもが生まれたらやっていけるかなって。収入とか、余裕とか、体力とか」
「アンタ知らないの? 人って生きてりゃ意見は変わるの。こないだまで子どもいらない言ってた人が子ども欲しいって思うことだってあるの。てか、一度言ったら何が何でも変えちゃダメとか、そういうのやめた方が良いよ? 女々しくてヤバいから」
「それってさ、裏を返せば子ども欲しいって言ってた人が急に子どもいらないって言うこともあり得るってことだよね」
うわ、出たよこういう揚げ足取りする男。
男のくせにこういう細かいところあるのってガチで面倒くさいんだが。
「そういう屁理屈ごねるのってガキくさくて無理なんだけど」
「だから離婚しようって言っているんだ。君はそういうことしか考えられない」
「は? アンタ私がガキだって言いたいわけ?」
「そういうこと言ってるんじゃないよ」
何なのコイツ。こういう意見をはっきり言えない男も論外。シャキッとしろ!! ゴチャゴチャ五月蝿えんだよ!!
「それに、君は僕に言ってたね。女性アイドルとか、そういうのを見ないでとか、少しでも褒めると嫌な顔したり」
は? いきなり何の話?
それ約束とか関係なく人が嫌なことをしてはいけませんって学校で習わなかったのかよ。
「だけど、君は自分が大好きなアイドルが出た時や出る番組は何が何でも見るよね。僕が他の番組を見ている時、こんなの見るの? みたいな嫌な言い方して」
何それ、まるで見たくもない番組を私の機嫌取るために許可していたって言ってんの?
何様だお前。それに機嫌取りってまたこっちを悪役にして自分は悲劇のヒロインごっこかよ。大体、お前らがアイドル見るのは性欲が理由だろうが。こっちの純粋にアイドルを応援する気持ちと同格に語ってんじゃねえ!!
「少しでも流行りみたいな女性アイドルが出た時はチャンネル変えるし僕が少しでも良いと思ったアイドルや女性俳優や芸能人みたいな人に限って毛嫌いする。なのに、自分好みの男性が出てきたら、黄色い声援するし、しかも僕にまで強制するってどういうこと?」
「お前らの性欲と私たちの純粋な応援を一緒にすんな!!」
すると、コイツは信じられない物を見るように目を見開きやがった。
何なの? さっきからコイツが言ってること全部意味わかんないし話の脈絡も見えない。何が言いたいの何を伝えたいの全くわかんねえ!!
「分かってくれないよな。君みたいな人は気持ちを」
「は?? アンタこそ私の気持ち分かってくれないじゃない。人のこと責めるなら自分の言動思考反省しろよ」
「男は女のことを知ろうとするんだ。女心って言葉が世の中に浸透しているように」
マジでキメえ。何なの? また被害者妄想が始まった。
「でもお前らはどうだよ? 男の嫌な部分が見えた時、受け入れられるか? 受け入れられないよなぁ。いつまで経っても男は全員女性の胸が大好きで、女性の恥部とかを見たくて見たくてしょうがない性欲しか無い生き物だって本気で思っているよな」
「そりゃそうでしょ。女がどれだけおじとかキモオタ共にいやらしい目で見られたりセクハラされたか分かんねえのかよ!!」
「それは、生まれてから一回もモテたことが無くて女性に幻想を抱いている男やモテなくなった男がすることだろ!? 男全員じゃないだろ!?」
コイツ分かってない!! 普段女性がどんな目で男性から見られてるかどんなことされてるかどんなこと言われてるか分からないんだ。所詮加害者側だからわからないんだ。
SNSとかネット見ればすぐに分かるのに知ろうとしないからこんなこと言うんだ。
少しはSNSで世の中知ろうとしろよ!!
「それはアンタが男だからそう思ってるんでしょ!?」
「そんな男は実はそこまでいないんだよ!! 恋愛経験が少しでもありゃそういう男じゃなくなるんだよ!! 康二のように!!」
言葉が止まった。ここで康二の名前が出てきたことも驚いたけど、たしかにその通りだったからだ。
あの頃の康二は、全然、女性に興味がなさそうな態度をとっていた。初対面で分かった。この人はモテる人だって。
女性がやって言い寄ってきても、他の男みたいに性欲に支配されたニヤけ面をしていない。
ずっと興味なさそうにスマホいじったり、なんかの雑誌とか見たりしている。
いくら女が誘っても、すごく興味無さそうに、だけど無闇に断らないで、一緒に来てくれる。
だから好きだった。そういう他の男とは違うところが好きだった。
「康二じゃなくてもさ、俺の知り合いで、まあ俺自身もそうだけどさ、一回でも恋愛するとさ、異性の面倒くささとか、嫌なとことか色々なのが見えてくるんだよ。その中でたまにこれはヤバい行動する人だっているんだ。例えば、リスカした直後の写真を何回も送ってくるとか、贈り物に髪の毛が入っていたりとか、中にはマジでストーカーで引越し先や勤め先とかも移動して、追いかけてくる女がいた人もいたよ。でもそういう女がいたからって、全部の女がそういうことするわけじゃないだろ? まさか女子はそんなことしないなんて言わないよな?」
心臓を銛で突かれた気がした。言えるわけない。だって、二番目のリスカの直後の写真の例は自分だったんだから。
康二に別れを切り出されてどうすれば分からなくて、何回も送っていたんだから。
私が何も言わないからか、コイツも声に落ち着きが戻ってきていた。
「でもさ、男はある程度そういうのは受け入れられるんだよ。少し嫌なところがあっても、やっぱり少しは目をつぶるんだよ。ストーカー被害にあっても、好きな人だったらその気質くらいじゃ嫌いにならないし、リスカの画像送ってきたことを知っていても、リスカしそうなだけで拒否とかしないんだよ」
「え……」
そうか、考えてみればそうだった。
あのベラベラおしゃべりの康二が、私のリスカのことを話したいないわけがなかった。
「欠点だって、好きだったら少しは可愛く見えてくるんだ。だけどお前らはどうだよ? 少しでも嫌なことがあっただけで−100にするじゃん。蛙化現象とか、すぐに冷めるとかよくあるだろ。あんなの男の人では女の人に対してそういう現象はなかなか起きない。よっぽどじゃなければ起きないんだよ!」
「……」
何も言えない。どうしてこういう話になったのかも分からなくなったのもあるけど、あのことを知っていたのに、夫に受け入れられていたことを知ったら、責める気力が無くなっていた。
「仕方ねえよね、お前らはシンデレラで、俺たちは王子様にならなきゃいけない。だから少しでも王子様の要素を少しでも、取り除いたら、全員気持ちの悪いおじさんだ。それを男は分かっているからこそ、よっぽど女に求められなかった限り、自分のことを気持ち悪いって自覚してんだよ」
そうだった。
私はこの人と付き合う前、付き合うことになっても、心のどこかで見下していた。
康二に比べたら下の男だけど、まあまあ優しそうだから良いか。そんなふうに思っていた。
多分、私が見下していたことも夫は知っていたのだろう。それを知ってても付き合って結婚なんてなっていたら、もう頭が上がらない。
「だから良い男がどっかに落ちてないかなって言うんだ」
「……そんなの、そっちだって……良い女がとか」
「言わねえよ、言わないんだよそんなこと。てか言ってて、それを他の奴に聞かれたら最後、その場にいる全員が、そいつを痛い男だと思うんだよ。アニメや漫画の美少女を現実に求めている。そうじゃなければ女性俳優とか女性アイドルと本気で結婚できると思い込んでる奴だって思われて気持ち悪くなるんだよ」
「そんなこと……」
「あるんだよ、そういう良い女いないかなぁとか、可愛くて少し性格きつめとか言ったら拗らせてるって思われるんだ。だから、男の女の好みは同性同士でも大抵は、素直で良い子、とか、一緒にいて楽しい人とか、清楚な人みたいなことしか言えなくなるんだよ」
たしかに……もしかしたら……そうかもしれない。
男性たちのそういうトークを聞いたことがないから分からないけど、夫がそう言うならそうなんだろう。
そういえば、考えてみればガールズトークはよく聞くけど、ボーイズトークっていうのはそこまで世の中に流れていない。
夫の言うことを振り返るなら、女心は浸透してるけど、男心は全く浸透していない。
そうだ、たしかに私たちはどこか男子のリアルさっていうのをちゃんと知らない。いや、多分、夫の言う通り知りたくないとか思ったり、知ろうとしないのだろう。
だって、下手に突っ込んで女性が受け入れられないような趣味を聞いたら、その男性どころか、男性全体を否定したくなる。
だから、男心もボーイズトークも、そこまで世の中に浸透していないのかもしれない。
「他の奴らと違って結婚願望はあったからさ。色々と女性にとってのタブーな言動とか学んで、それなりの家庭が育めるように社会人として頑張ってきたけど……ごめん、もう限界なんだ」
そう言うと彼は、ずっと前から考えていたのだろうか。離婚届の紙を出してテーブルの上に置いた。
「これに同意の証とか書いといてくれ。もう、疲れたんだ」
彼は会話を打ち止めするように、部屋から出ていった。そのまましばらくして、もしかして外に出ていることを危惧して、廊下に出ていく。
その後すぐに、バスルームが開く音が聞こえた。
「疲れた……ね……」
しばらく彼女は、石像になったかのように、微動だにせず残された部屋にぽつん、と座っていた。
いつまでも、こうしているわけにはいかないから、私はペンを取る。信じられないほど力が入るのが分かった。
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