第4話 呆気ない
事を終わらせた後、彼はすぐに帰り支度をし始めた。思っていたより、随分と呆気なく終わった。
やっぱりこういう仕事をしているからだろうか。私一人なんてどうって事ないというよつな顔をしている。
ベッドから覗いて見える彼の顔は、いつも以上に大人びて見える。
ん? 何で私は今、いつも通りなんて思ってしまったんだ? いつも通りもなにも、今日、久しぶりに会ったのに。
彼は着替え終わって、煙草を一服している。服もそうだけど、煙草を吸っている時の彼の横顔が良い。
いつも軽薄そうな顔をしている男が、たまに見せる寂しげだけど、ミステリアスな顔。私じゃなくても多くの人が惹かれるに決まっている。
……彼は今、何を考えているのだろうか。
久しぶりの私はどうだったの?
私は変わってた? 変わってたならどう思ったの? 前より可愛い? 大人の雰囲気出るようになった? それとも……
前より魅力が落ちた?
「……じゃあ、も少ししたら俺、行くから」
彼は横顔を向けたまま、そのままの表情で
無機質にそう言った。
こういう時に、今みたいな表情の彼は見たことが無かった。こんなに気怠げでくたびれている表情をしているのは初めてだった。
初め、それを見た時、私の魅力が下がったのかと思った。
だけど、それは違うことにしばらくすると気づくことが出来た。
うっすら、ほんのうっすら、よく見ると彼の目の下に隈が見えた。さっきまでは全く見えなかったのに、今は見える。
彼の目の下に大きな大きな、不衛生で不摂生な隈と、小汚いおじさんがするような不清潔な無精髭が、目にこびりつき始めた。
見たくないと思えば思うほど、それが目立って見えてしまうのが、私の嫌なところ。
彼の顔が、そう見えてきてしまう。
しばらくして、はっきりと理解した。
もう私たちはあの頃とは違うのだと。
そういえば、急に現れたから、さっき聞くことができなかった。
「ねえ、康二」
「ん〜?」
「アンタ……あの後ホストとかになったの?」
「あ〜〜〜…………うん、そうだね。なった」
「……そっか」
なんとなく察した。だから曖昧な返事をしたんだと思う。
だけど、コイツは必要の無い肥大化したプライドを持っていたらしい。聞かれてもいないのにヘラヘラベラベラ喋り始めた。
「まあ初めはさ〜、ほら、俺ってそれなりにモテてたし、ビジュアル良いじゃん? だから何個か客落とせた。でも、なんか上からゴチャゴチャ言われて女の方もメンヘラとか多くなって、辞めた。まあ、今はそうだな……またなんか描いてる。描きながらこんな夜の職業してる。まあ……その内、カフェとか経営したりさ、なんか起業するかもしれないし……ま、このどうしようもなく下らない人生、ただ気の向くままに歩いていくだけさ」
なんか……どうでも良くなってきた。てか、コイツってこんなカッコ悪いことする奴だっけ?
「……そ」
「……じゃ、俺行くわ」
「うん頑張って」
あの人は、堂々と客と本番行為をしたことについて何も言わなかった。多分、頭から抜けていたんだろう。
もしかしたら、いつも客にそうしていたのかもしれない。
こんな職業、なんて言っているけど、そんなダラシない勤怠をしているあの人に、未来はあるのだろうか。
カフェとか企業とか言ってたけど、そんなことする気はあるのだろうか。やる気があったとしても、成功するまで頑張れるのだろうか。まあ考える価値が無いどうでもいいことだ。
でも、少なくとも、私が見えた今のあの人には、そういう未来が見えなかった。
だから、あの人が扉を開けて、出て行った時、これで完全に私と彼の恋愛は終わったことが分かった。
「帰ろう」
誰もいないのに、そんなことを言う。
いや、誰もいないから言うのかもしれない。
なんかただ疲れただけで、何も得が無かった。むしろ行かなければ良かったとも思ってしまう。
あ、でも一つだけあの人は役に立ってくれた。あの人のおかげで、もう女風を使う気力は失せた。
やっぱ浮気は良くないね。
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