2 ダウン症の謎


世界は不安定な均衡の上に成り立っている。そこには、偶然の皮をかぶった必然があり、理不尽と見せかけた摂理がある。ダウン症はその象徴ではないかと、ふと思うことがある。


染色体の異常、それはたった一本の余分な線が引かれただけの違いだ。その一本が、命のリズムを変え、知能を変え、肉体を変える。しかし、それは「異常」なのか? では、我々が「正常」と呼ぶものは、本当に正常なのか?


ダウン症の人々は、多くの場合、穏やかで愛情深い。争いよりも調和を求め、計算よりも感情で生きる。それを「欠損」と呼ぶならば、我々の社会は、欠損のない知能で何を生み出してきたか。戦争、差別、環境破壊。冷徹な計算は、時に人間性を削り取る鋭利な刃となる。


ならば、ダウン症の存在は、社会に投げかけられた問いではないのか。効率と生産性を至上とする世界に対する、遺伝子からの抗議ではないのか。あまりにも競争に明け暮れ、無駄を削ぎ落とそうとする人類への、一つの警鐘ではないのか。


だが、人は「違い」に怯える。未知のものに畏れを抱き、排除しようとする。だからこそ、ダウン症は「治療」すべき対象となり、「克服」すべき課題となる。しかし、それは本当に「救済」なのだろうか? 彼らを「普通」にしようとする行為は、彼らの個としての存在を否定することにならないのか?


もしかすると、「変わるべき」は彼らではなく、我々なのかもしれない。ダウン症の人々が持つ無垢な優しさ、純粋な喜び、それを失ったのは誰なのか。もし、人類が進化の果てに機械のような合理性しか持たなくなるのなら、余分な染色体こそが、最後の人間らしさを守る砦なのではないか。


ダウン症とは何なのか。その問いは、我々自身が何者なのかという問いに繋がっているのかもしれない。

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