第9話 ゴーレムとゴレット

「じゃあ、私たち。先に村に戻ってるね!」


「はーい、またねー!」


 フィオナが大きく手を振ると、カレンもそれに応えて手を振り返した。

 アイザックはフィオナを送るために、アルカ村へと向かうようだ。


 アイザックは懐からゴレム・ストーンを取り出すと、地面に埋め、そっと目を閉じる。

 そして、何かを唱えるように唇を微かに動かした。

 瞬間、周囲の土が急激に盛り上がり、数mほどの高さになったかと思うと、次第に人の形に変形し始めた。

 頭部に位置する場所には、ちょうど二人が座れる程度の空間が形成されていた。


「えっ、ゴレットってこんなすぐに作れるの!?」


 カレンは目を丸くし、驚愕の声を上げた。

 ゴレットを村の人が作るのは何度も見てきたが、アイザックのような初心者でもすぐに作れるとは思っていなかった。


「アイザックってば、凄いんだよ。言葉が話せないから、さっきの講習でも無詠唱でゴレットを作っちゃったの」


 フィオナは自分の事のように得意げに語る。

 そんなフィオナをよそに、アイザックは既にゴレットに乗り込んでいた。

 アイザックはフィオナに手を差し伸べ、軽々と彼女の身体を引き上げた。


「また遊ぼうねー!」


 フィオナが身を乗り出し、元気よく叫ぶ。

 ゴレットは緩やかに動き出し、街の出口へと歩き出した。

 

「私たちも、いつかあんな風にゴレットに乗るのかな」


 カレンは羨ましそうに二人の背中を見つめている。


「正直、分からないよ。僕はカレンのことが好きだけど──同時に、妹のようにも感じてるから」


「ちょっと、私はルカの方が弟だと思ってたんだけど?」


 カレンは腕を組み、ジロリとルカを睨む。


「だって僕の方がしっかりしてるもん」


 ルカは悪戯な笑みを浮かべる。


「なんですって!?」


 ムッとしたカレンが詰め寄るが、そんな彼女を見てルカはただニコニコと笑うだけだった。


 フィオナたちの姿が見えなくなるまで見送った後、二人は講習会場へと向かった。


 *


 再び噴水広場を抜け、階段を上がった二人。

 講習会場は木々に囲まれた、舗装のされていない剥き出しの地面が広がるグラウンドだった。

 周囲には既に何人かの子どもたちが集まっており、それぞれが緊張した面持ちで指定の位置に立っている。

 ルカは係員からゴレム・ストーンを受け取ると、カレンと並んで定められた地点へと移動した。


 まもなくして、グラウンドの中央に年配の男性が現れる。

 男性は、淡い紺色のスーツに身を包み、赤の蝶ネクタイを整えると、落ち着いた声で周囲に呼びかける。


「初めまして、皆様。私、講師のバッシュと申します。今日の講習では、ゴレットを作成する前に、まずゴーレムとゴレット、それぞれの違いについて学んでもらいます」


 講師は手元のゴレム・ストーンを掲げた。

 

「ゴーレムとは、人の命令に従う、意思を持たない無機質な生命体です。荷物の運搬や農作業などに適しており、ゴレットよりも頑丈ですが、細かい作業には不向きです」


 バッシュが地面に手をかざすと、土が隆起し、丸太のように太い腕を持つ、ゴーレムが姿を現した。

 周囲からは小さな歓声が上がる。


「対して、ゴレットは人が乗って操作する、動作の強化や補助をする乗り物です。肉体負荷の高い重労働や遠距離の移動などに適しています」


 再び、バッシュが地面に手をかざす。

 先ほどと変わらぬ動作だったが、今度は彼の足元が盛り上がり、そこから手足が形成されていく。

 ゴーレムよりも細いが、先ほどよりも土が固められた手足に加え、頭部には座席が生えている。

バッシュは既に座席に腰かけており、静かに口を開いた。


「どういったゴーレムやゴレットを作るか、その《イメージ》をゴレム・ストーンは汲み取り、性能に反映させます。ただし、それだけでは行けません。材質も性能に影響を与える要素の一つです」


 バッシュが指を鳴らすと、ゴーレムが近くにあった木を殴るが、その衝撃に耐えられずに崩壊してしまった。

 次に、バッシュはゴレットを動かし、同じ木を殴る。

 木は大きく揺れ、ゴレットの腕も崩れることなく形を保っていた。


「これがイメージの差です。ゴレットを作る際、私は移動することと、身を守ることを考えました。その結果、ゴレットはゴーレムよりも頑丈になりました」


 バッシュはゴレットをひざまづかせ、慎重に地面に降り立つ。

 バッシュが無事に下りたのを確認すると、係員は一振りの剣を彼に渡した。


「一般的な家庭では移動用にこのアース・ゴレットを利用される方が多いと思います。しかし、アース・ゴレットは低コストで重いものを運べるから使われているということを念頭に置いてください」


 そう語ると、バッシュは静かに剣を抜き、先ほど自らが作り出したゴレットの前に立った。

 剣を構え、数秒間の沈黙が流れる。

 ――次の瞬間、バッシュの一閃とともにゴレットの腕が切り落とされた。

地面に落ちた腕は形を失い、土埃をまき散らし、バッシュのスーツを茶色に染め上げた。


「土は確かに防御力が高い。ですが、金属には勝てません。それに、移動適正も低く、運搬力にリソースを割いていたら、確実に賊に追いつかれてしまいます」


 バッシュは剣を鞘に納め、係員に返すと、体中に付いた土埃を払いながら、全員の方へ向き直った。


「では、どうすればいいのか。簡単です、ゴーレムにイメージすればいいのです。襲われた際、ゴーレムに時間稼ぎするよう命令して、全力で逃げてください。決して戦ってはいけません」


 シーンと静まり返った会場を見て、バッシュは頷く。

 バッシュは手を叩き、明るい声で雰囲気を切り替えるように話しかけた。


「それでは、お待たせいたしました。遅くなりましたが、ゴレットの作成といきましょう。希望者にはゴーレムを作るコツも教えますので、気軽に声を掛けてくださいね」


 会場内は少しだけ明るさを取り戻していた。

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ゴレット・レイジ こいえす @koiesu

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