第34話 見学とは一体なんだったのか。

 時間感覚を忘れる地獄のマグマ温泉に入ってから数時間。一体ここに何しに来たんだろうと考えることさえも忘れるくらいだった。

 大きなひのきの切りっぱなしテーブルの上をまな板代わりにして、罪人の内臓をほじくり出していた赤鬼の鬼惧丸きくまるがマグマ温泉から出てくる颯真の顔をじっと見つめた。横にはコウモリの紫苑が旋回していた。


「お前、ここで何をしてんだ。裁判もしてないやつがここでウロチョロするのは閻魔様が許さないぞ。お前の首が飛ぶのも時間の問題だな。コウモリのお前、羽根が無くなってもしらないからな」

 

 手に持っていた出刃包丁で指さすように向けてくる。明らかに脅されている。ここにいるのは閻魔大王の指示で見学に行けという話だ。ここの話が来ているもんだと思っていた。


「あーれ、おかしいなぁ。今日は俺の見学会だと思ってここに来てるんだけど、知らない?」

「……初対面で馴れ馴れしいやつだなぁ。何者だ、お前」


 怒りが込み上げてきた鬼惧丸は、出刃包丁をしっかりと握りしめてじりじりと近づいてくる。


「お、俺は、人間界でダークワーカーとして閻魔様に仕えている者だ。中島 颯真なかじま はゆまそういえば良いのか?」

「中島だと? そんなやつなんて知らない。何かの間違いじゃないのか? ここに入って来られるのは罪人だけだ。お前は罪人そのものだ。背中に見えるオーラが示してる」


 霊感が鋭い鬼のようで、中島 颯真に今まで関わってきた者たちが背中に纏わりついていた。何だか、話が違う。こんな責め立てられるためにこの地獄に来たわけじゃない。人間界でライトワーカーとの接触したためにしばらく向こうに行ってはいけないと言われて、地獄の見学でもして来いという指示だったはずだ。これじゃぁ、まるで罪人として認めろと言わざるえない状況だ。


「待て、待て待て。ちょっと、待ってくれ!! 俺は確かに人間界で数々の罪を犯して来た。それはあくまで閻魔大王様の許可を得てのことだぞ。俺は、認められていたはずだ。むしろ、やれと指示されていたんだぞ。なんで罪人として地獄に来なくちゃいけないんだ」

「ほー、ここに来て言い訳かぁ。肝が据わってるんなぁ。さぁ、言いたいことはそれだけか?」

「……颯真ぁ、おいら、何もできない。おいらも殺されたくないから、ここは逃げるぞー」


 急いで天高くに飛ぼうとした紫苑の羽根をぐいっとつかんだのは鬼惧丸。逃げるのを取り押さえた。もちろん、罪人は颯真だけじゃない。紫苑も同じだったみたいだ。


「お、おいらは何も悪いことしてないやい! 閻魔様の言う通りにしてるだけだ!」

「はぁ? だから、さっきから言ってるだろ。ここに足を踏み入れたら、最後、地獄のお仕置きを受けてからじゃないと出られないんだぞ!」

「な、なんだって。そんなの聞いてない。待って、おいら、痛いのだけは我慢できないからーー」


 鬼惧丸は檜のテーブルの上に紫苑を乗せると、一つ一つ丁寧に羽根を抜いていった。新しい羽根が生え変わるのを待つようにというお仕置きのようだ。


「痛い痛い、本当に痛い。マジでやめて。おいらの羽根がーーーー」

「ちょっと待てよ。っていうことはさっきまでの閻魔大王は偽物だったってことか。俺たちをここに誘導するために……」

「何を言ってるんだ? 裁判をしないで地獄の中に入れるのは珍しいとは思ったが、ここに見学にしに来るなんて今まで誰も来た事ないぞ」


「俺たちは騙されたってことか。あいつだ、きっとあいつだ。ライトワーカーたちだ」

「そんなの良いから。おいらを助けろよぉーーー痛い痛い」

「静かにしてろ。今、お仕置き中だ」


 颯真は隙を見て、指パッチンをして魔力で時間を止めた。紫苑は羽根をたくさん抜かれて飛ぶのがふらふらに乱れてしまっている。


「早く、今のうちだ。審判の間に戻るぞ」

「痛いの我慢できないって言ってるだろ!」

「とにかくここから逃げるぞ」


 地獄の入り口近く、赤鬼の鬼惧丸は門番と罪人のお仕置き担当の仕事をしていた。時間がとまったまま体が動かない。 颯真と紫苑は難を逃れて、一目散に逃げて行った。もうここに来るのはこりごりだと感じた2人だ。


「俺は何もされなくてマジでよかった」

「ずるいずるい、おいらの羽根を直してくれよ」

「後で瞬間接着剤でくっつけてやるよ」

「それ、絶対痛いやつーーーー」

「仕方ないだろ、俺は獣医じゃないんだから」

「わーーーーん」


 紫苑はぐるぐると旋回して痛みを忘れようとした。いつもより安定した飛び方ができなくて悔しい思いをしていた。


 出口の大きな漆黒の扉を力いっぱいに閉めた。入口は真紅色で染まっている。地獄の門は絶対に開けないと胸に誓う颯真だ。

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