第29話 信じ続けて砕けた壺
バニラのお香が漂う部屋で人生に迷う人の助けとなるのがライトワーカーである姫田 倫華の務めだった。施術に来ていた東峰 未来は、常連で世間話をよくするくらいの仲だった。これから施術する前に、顔色を変えて話し出す彼女を落ち着かせようと、ハーブティーを準備した。
「まぁまぁ、落ち着いて。ひとまず、お茶を飲みましょう」
姫田 倫華は、施術するだけならすぐに終わるのを、世間話までしなくてはいけないのかと心の内側は少々複雑な思いだった。
「ハーブティーね。私、好きなのよね。前に頂いたのも気入って飲んでいたわ」
話をしようとしていた東峰 未来は、出されたハーブティーに釣られて、ごくごく飲み始めた。
「そうなのよ。このハーブティーね。厳選されたこだわりのハーブだから、貴重なのよ」
お互いマグカップに口をつけて、そっとハーブティーを味わった。心はふと穏やかになるのが分かった。天井からぶらさがっていたドリームキャッチャーが風もないのに揺れ始める。もやっと何かが動いた気がした。
「―――それで? 一体何があったか話してくださる?」
「そ、そう……私ね。騙されていたのよ。この間、夫に目を覚ませって喧嘩するくらいだったんだけどね。知り合いの人から譲り受けた高い壺が本当はそんなに高いものじゃなかったっていうんで……私、貯金額全部費やしちゃったのね。もう、これからの生活もあるっていうのにバカよねぇ~」
「え? 高額な壺を買ったの?」
姫田 倫華はまるで自分のことを言われてるようで、胸の奥の方にトゲが刺さった気分になった。
「ええ、そうよ。そこにある青い模様の壺と同じような感じの壺かしら。調べたら、10万くらいのを私なんて、500万で買わされたのよ。なんてことをしてしまったんだか……でも信じちゃうのよねぇ。神様が守ってくれますよとか、逆に買わないと不幸になりますよぉなんて言われちゃうと、買うしかないわよねぇ。姫田さんもそうなんじゃないの? 一緒だと思って、今の話は誰にも言ってないのよー!」
姫田 倫華の背筋はぞぞっと震えが起きた。そんな大きなミスを私がするわけない。何かの間違いだと立ち上がって、壺の前に立ちはばかった。天照大御神は渋い顔をして輝きに包まれながら現れた。
『何をしているんだ?』
「いえ、この壺は本物だろうかと確かめようかと思いまして……」
『見たところ、私には本物に見えるが……何をしようとしてるのか』
姫田 倫華は、壁の向こう側の一点を見つめるように両手で壺を抱えた。本物であったら、ちょっとやそっとでは壊れないはずと変な考えを持っていた。天照大御神は壺をむやみに壊す行為は神に対する禁忌だと怒りをあらわにした。
「姫田さん、どうしたの? その壺をどうするつもり?」
東峰未来には、天照大御神の姿は見えていない。突然の行動に不思議に感じた東峰 未来は、動きをとめようとそばに駆け寄る。
高級絨毯の上に思いっきり強い力で壺を叩きつけた。ゴロンゴロンと転がってから壁に当たると、想像以上に粉々に割れて無残な姿になってしまった。
「あ……これはもしかして、偽物だったのかも……しれない?」
姫田 倫華の脳がバグを起こした。信じていたものがもしかしたら、違うのかもしれないと感じたのだ。高い壺を買うことで心が救われるとか、神様がお守りくださると本気で信じていた。だが、さっきの東峰未来の話を聞いて自分は何をしていたのかと洗脳から目を覚ました。
『ただでは済まされない……今、何をしていたか覚えておるのか』
「……違う、違う。私は間違ってない!!」
天照大御神は、姫田 倫華の頭に話しかける。何度も何度も繰り返し、唱える。壺を大事にしないと言うことは神様を裏切ったと全く同じであるということ。
「姫田さん! 大丈夫?」
頭を抱えてうずくまる姫田 倫華に東峰未来は肩にそっと触れた。後ろで見ていた天照大御神は黒く大きなオーラを漂わせていた。
『余計なことを話す者が悪いのじゃーーーー』
「きゃーーーー」
眩い光が部屋の中であふれ出すと目を開けていられないほどの痛みが生じた。姫田 倫華は頭を抱えたままうずくまり、唸り続ける。東峰未来は天照大御神の強い力により、砂のように体が一瞬にして消えてしまった。
「ついに正体を現したな……」
透明な状態で部屋の中に潜りこんでいた颯真とコウモリの紫苑は、天照大御神の行動をしっかりと見つめていた。この瞬間をずっと待っていたのだ。
『な、な、何者だ!?』
「あれ、ご存じではない? 俺たちに尾行をつけていたのはそちらさんではないでしょうかね」
天照大御神はまさかのダークワーカーの登場に動揺を隠せなかった。未だに姫田 倫華は床にうずくまっている。
『お、お前がダークワーカーか!?』
「やっと理解していただけたようで……そのままでいいんですか? ライトワーカーさんが具合悪そうですけども?」
『お前らに指図は受けない!!!』
大きく腕を振り上げて、強烈な念を送り込まれた。瞬時に強い風が沸き起こり、白い壁にドンッと叩きつけられた。
「……ぐわっ……血の気が多い神様ですね」
お腹をおさえて起き上がる颯真の音に気付いたのか、体をそっと起こす姫田 倫華がいた。洗脳されているのか赤く目が光り出している。
「颯真、気を付けろ!」
「分かってる! お前もな」
ライトワーカーとダークワーカーの戦いが始まろうとしていた。部屋の空気とともに緊張感が増してくる。
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