彼氏であるその人
1
私の彼氏である、その人は――…
「陽輝【はるき】くーん、頑張ってぇ!!」
「キャー!!カッコイい」
「あの笑顔、最高」
…――男子バスケットボール部の新キャプテンで世間で言う俗にイケメンで学校のアイドル的存在。
そんな彼は、私の幼なじみの1人。
幼稚園の頃から何かとずっと一緒にいた彼は今では皆が羨む私の彼氏。
確かに、陽輝――通称、陽【はる】くん――は世間一般的にもイケメンだと思うし、底知れない優しさを持ち合わせていると思う。
そこは私も否定はしないし、何も言う事はない。
というよりも陽くんには悪い所がないんじゃないんだろうかって思う何ほど何でも出来る。
そんな中学校でも高校でも女の子にモテまくりで選り取り見取りの彼が選んだのは私だった。
いや、選んだというのは少しばかり語弊があるかもしれない。
そうなるように仕向けたのは――…彼ではない人なのだから。
「美波【みなみ】。もうちょっとで終わるから玄関で待ってて」
「うん」
「いつもありがとう」
「全然、大丈夫だよ。じゃあまたあとでね」
私はそう言って玄関へ足を運んだ。
玄関は、部活動が終わり一緒に帰ろうとしているカップルや友人同士たちで溢れかえっていた。
いつもの事だけど、こんな中で私は陽くんを待たなきゃいけないのかと考えると、それだけで憂鬱になる。
そうなるなら体育館で待ってればいいだけの話なんだけど、何故か陽くんがそうさしてくれない。
いつも、あとちょっとで部活が終わるだろうって時に「美波。玄関で待ってて」と一緒に帰る日は欠かさずに言う。
別にいいんだけど、何一つ困る事なんてないんだけど……ただ、玄関で待つという行為による弊害がある。
それは陽くんのことを好きな女子達による悪意に満ちた視線だったり、ただ単に好奇心による目だったり。
数え切れないほどの視線は私を罪悪感のあるところへ誘う。
そうこうしている間にバスケ部の練習が終わったらしく、私の知っているバスケ部員の数人が疲れた顔をしながら玄関に来た。
それと同時に「美波!!」と私の名前を呼ぶ彼氏―陽くん―の声が周りの騒音の中から聞こえた。
そして、声のした方を向いたつもりだった私に、
「美波、こっちだよ」
と、恐らく彼女である私にしか見せてくれないであろう最高の笑顔が向けられる。
だけどその見慣れた笑顔に私は何の感情も湧き上がる事はなく、
「帰ろ、陽くん」
出来るだけ不自然に見えないような笑顔を作り、そう言って彼の手を握り玄関を出る。
そして学校の門を出たら、陽くんは「カバン、貸して」といつも言う。
付き合い始めた頃はどうして陽くんが私の鞄を貸してと言うのか訳が分からなかったけど、その理由は彼女のカバンは彼氏である自分が持ちたい主義だから。
頼んだ覚えなんて全くないのに、そういう主義の陽くんは思いの他しつこかった。
だから私も最初の頃は拒否していたけど、今となってはその鞄を持ってもらう事に関しては何も思わなくなった。
だけど、何とも思わなくなったからって中身が沢山入っている重い鞄を陽くんに持たせる訳にはいかないから、教科書等は置いて帰って、出来るだけ鞄の中身を軽くしてる。
テスト勉強で教科書が必要な時は、一旦家に帰ってからまた学校に教科書だけを取りに戻っている。
そんな私の行動を知らないであろう陽くんは、「相変わらず、美波の鞄は軽いな」そう言って私の手から鞄を取る。
だから私は陽くんの自主トレ用のバスケットボールを代わりに持たしてもらっている。
それだけしか陽くんは私に持たしてはくれない。
「美波」
「……ん?」
「明日、部活ないんだ」
「うん、この前聞いたよ?」
「だからさ、俺の家…来る?」
いつも返事をする答えは決まっているのにも関わらず、私の顔色を伺【うかが】いながらそう言った陽くんは何だか申し訳なさそうにしてる。
だからいつも通り「行く」とだけ答えて、そこから私は「そう言えばさ、」と話題を変えて話し始める。
そんな私の話を陽くんは聞いてなんかおらず、適当に相槌【あいづち】をうって右から左に流しているのが、長年の付き合いで分かる。
恐らく今の陽くんの頭の中は明日の放課後の事でいっぱいなんだろう――と大凡【おおよそ】の見当も付く。
そんな感じで誘うのも一苦労な陽くんを私は少し可哀想に思ったりする。
だからって、陽くんに「家に来る?」と言われもしないのに家に行くなんて野暮な事はしない。
まとめて言うなら、誘う事は“絶対”にないけど誘われて断る事も“絶対”にない。
だから私を誘う時の陽くんに申し訳なさそうにして欲しくないと、いつも思っている。
別に悪い事をする訳じゃないんだし、付き合っているなら尚更いつかは必ず、する事なんだから。
そう思っているのに陽くんは……私とは根本的に考え方が違うらしい。
まぁ、そもそも男と女なんだから考え方が違うっていうのは当たり前って言えば当たり前なんだろうと思う。
陽くんと私だからってことはないはず。
たまにこんなことを考えていること自体に疲れたりするのだけれど。
私が1日の中で陽くんの事について考えている時間はかなり長い。
それなら考えなければ済む話なんだけど、付き合い始めた頃から消えない私の陽くんに対する罪悪感がそうさせてくれない。
だから私は陽くんのことをいつも考えるし、気を遣わずにはいられない。
それは当たり前の行為であって、せめてもの贖罪。
いつも、いつも、どうしたら陽くんの負担にならない彼女でいられるか――あなたを傷付けない為には、どうする事が最善か。
それだけを考えている。
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