ヘイディの海
絲川三未
ヘイディの海
ヘイディのお腹には小さな海がある。
三日月の形をした入江を持ち、
海は夢の世界へつながっていた。
ヘイディはせかいをつまらなく感じた時、
お腹の海にボートを浮かべて、
誰も知らない場所へと移動した。
そばには友だちもいた。
のんびり屋の猫、サン。
いつも一緒だった。
ボートの上に広がる空は
いつも青く澄んでいて、
いつか伯母の指先で光っていた
宝石のようだと思った。
海もいつもおなじ色をしていた。
その宝石をながめていると
吸いこまれてしまうと思うほど美しく、
もし仮に自分が、
その中に閉じ込められてしまったら、
ずっとずっと美しさのなかに
止まっていられる気がして、
ヘイディは、時折胸をときめかせた。
彼女が知っている外の世界の空も海も
こんなにきれいじゃなかった。
いつも排気ガスでいっぱいの曇った空は、
サンが追いかけるネズミのようだった。
でもここは違った。
海と空と自分たちしかいなくて
退屈かもしれないけれど、
呼吸をするたびに気持ちが良かった。
海面に映るヘイディもサンも
陽のひかりをうけてきらきらしていた。
果てしない地平線は、
彼女の想像を膨らませた。
サンは、
太陽の毛布でもっと寝ていられると思い、
海が自分の寝床になったような気がしていた。
ヘイディはお腹の海を
『愛でできた新せかい』と名付けた。
だれでもあたたかい温もりと
ゆたかな気持ちを取り戻せる場所だから。
いつも2人でずっとここにいたいと思った。
とある日。
昼寝をしていたヘイディたちのボートは
ピンク色の空に包まれた場所に流されていた。
そこはいつもの新せかいの空色ではなかったが、
海はいつもと同じ紺碧色の宝石みたいで、
そして、同じようにしずかで、
あたたかい空気が流れていた。
ピンク色の空は、
ヘイディのあたまの中の
ある記憶を甦らせた。
小さいころ、
とても遠くにいってしまった友だちが
夢のなかに現れたあのときの空だった。
「もしかしたら、
あの子もきっとここに来たのかもしれない。
だって、ここは、
かなしいことがないせかいだから。」
四方八方見渡す限りの海のうえで、
海の彼方に島がないか、
わたしたちと同じようなボートがないか、
全方位を見渡し、
鼓動は彼女の胸もとをたたいた。
サンは猫伸びポーズをして起き上がり、
ヘイディの隣に行儀よくすわって、
尻尾を地面に叩きつけながら、
あの子の魂を呼んだ。
ヘイディも胸の奥でずっと
あの子を呼びかけた。
少しすると、
ピンク色の空から雨の滴が、
ぽたりぽたりと落ちてきた。
大粒の涙みたいに。
そしてその涙をヘイディは、
ことばみたいだと思った。
肌に触れると、こちらに向かって何か
話しをしているような気がしてならなかった。
きっと、彼女のお腹の中の海と空は、
あの子と繋がりあっているんだと思うと、
ヘイディの中に別のあたたかさが込み上げた。
それが、雨が伝えていることだと思った。
ずっと私たちはこの空の下で会っていて、
この空はあの子だったんだと。
ヘイディの海 絲川三未 @itokawamimi_
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