第7話

 翌日、学園に行くと、案の定しっかりと避けられている。

 やはり昨日の対応はまずかったかもしれない、局長に文句を言われてしまうかも、と若干の後悔を感じながら席につく。

 バッグからノートを取り出し、ペンを走らせる。


「よっすー、昨日サボっただろ? 一緒にどっか遊びに行こうと思ってたのによー」


 一ノ瀬が絡みにくる。

 なぜいる。


「ねえ、これ何書いてんのー? げ、英語…」


「ぼくたちが勝手に見ても良いものなのかな? …魔力量と金属の…何だろうか?」


 御地合と護院もついてきた。

 なぜだ。


「弾性と剛性だ。 魔力を含まない鉱物も無理矢理魔力を込めることで性質が変わるっぽい。 でもサンプルが少ないから興味をそそるようなことを書いて各国にばら撒く」


 刀也、他国に研究させる気満々で渋々答える。


「よくわかんねぇわ。 それよりも今日体育あるんだけどさ、ペア一緒に組もうぜ! 界人の相手は飽きたんだわ」


「それで済ませて良い内容じゃなかったよね、今の!? なんでそんなこと知ってるのさ!? 各国への伝手あんの!?」


「は? どうでもいいわ、どうせ説明されても理解できねぇし」


「はあ…」


 すまん一ノ瀬、助かったわ。

 深掘りされても困る。

 良い奴だな。


「私も話に入れてもらえない?」


「おー不知火じゃん、珍しい」


「桜ちゃんだー!」


「本当だ。 どういう風の吹き回し?」


「いや別に? 上原先生から転入生を任されているだけよ」


…そうなんだ?


「で、どうする?」


「どっちが?」


「体育の方に決まってるだろ! 不知火はなんつーか、オレらの意思でどうにかなるもんじゃない、立場的に」


 受ける理由はない。

 でも、断る理由も見つからなかった。


「…僕で良ければ」


「よっしゃ! 一目見た時から強そうだなーと思ってたんだ!」


 待て、ハードルを上げるんじゃない。


「じゃ、待ってるぜ!」



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「ねえ、本当にやるの?」


 美香が心配そうに聞いてくる。


「ん? 楽しそうだからな、当然だ。 …反対か?」


「そりゃあ…『装者を亡くした』っていうのはちょっと、いや結構印象は悪いよね…」


 周りの連中もうんうんと頷いている。

 そうだよな、特に美香は装者だし。


「美香はオレの師匠知ってるよな? 多分、アイツも師匠と同類だぜ? もしかしたら美香に頼るかもしんない」


 師匠はオレに格闘術を仕込んだ人なんだが、マジでおかしい強さしてる。

 だって素手で魔獣に殴り勝つんだもん。

 そんな人と同じ雰囲気を、アイツが教室に入ってきた時感じたんだ。

 明らかに戦い慣れてるって感じ。


「危ないと思ったらすぐに辞めること、分かった?」


 いつになく美香が真剣だ。

 我ながら良い彼女だよなぁ。


「まあ、好きにしなよ。 危なかったらぼくの方でも結界張るから」


 護院の嫡男サマもこう言ってくれてる。


「『装者を亡くした』部分は本当だろうな。 噓つく理由ないし。 でも、亡くなった原因もアイツが全部悪いともまだ分かんねえだろ?」


 アイツは良い奴な気がする。

 勘だけど。



=====================================================



 体育は今日最後の授業だ。

 楽しみすぎて授業中一回も寝なかったんだぜ。

 それを言ったらしばかれたがな!


 体操服に着換え、運動場で待機しておく。

 準備体操を終えると、お待ちかねの時間だ。


「じゃあ、二人一組を作れー」


「よっしゃあ!」


「一ノ瀬、うるさいぞ!」


「妙霧、やろうぜ!」


「聞けよ!」


 嫌だね。

 準備体操をしっかりとしたことを褒めて欲しい位だ。


 倉庫から木刀と木製の手甲を持ってくる。


「ほらよ!」


「ありがとう」


 向き合って構える。

 うわ、マジで隙ねえじゃん。

 こっちから打ち込んでも全て対処される。

 なんか、遊ばれてる感覚。

 化野と同じポテンシャルを感じる。

 涼しい顔しやがってよ…


「はーい、一旦止め、休憩を挟めー」


 一発も当たらねえじゃん!?

 汗一つかいてねえ…やっぱり普通じゃないな。


「集合! 次はー」


「はい先生!」


 かつてないほどに真っ直ぐ手を挙げる。

 上原はめっちゃ嫌そうな顔をした。


「…何だ、一ノ瀬」


「模擬戦がやりたいです! 妙霧と! 条件は身体強化、装者ありで! さっきボコボコに全敗したので、妙霧なら大丈夫だと思います!」


 上原は、もっと嫌そうな顔をした。

 美香と不知火、ついでに妙霧は「こいつマジか」という顔をした。

 護院の奴は呆れてため息をついた。


 それでもオレは止まらない。

 美香と一緒に一泡吹かせてやるぜ!

 ――もちろん怪我をしない範囲でな!


「あー、妙霧、いいか…? 無理はするなよ…?」


「…大丈夫です。 やります」


 なんか妙霧と上原が通じ合ってんな…?


「美香、頼むわ」


「ああもう、本当にもう!」


 頼りにしてるぜ。


「いくぜ、『地掌岩拳』」


 両腕に無骨なガントレットを装備する。


「鉄製の武器は準備していないが…平気か?」


「木刀で大丈夫です」


「じゃあ模擬戦のルール説明な。 勝負は五本勝負、身体強化はあり。 ただし俺が止めた後の攻撃は無し、故意に大怪我させるのも無し!」


「押忍!」 「了解」


「本当に頼むぞ… では始め! …一本」


「は?」


 マジか、これは想像以上…!


 突き出したオレの拳を刃先でずらし、そのまま首筋にあてがった。

 しかも逃げ道を足で塞ぐおまけ付き。

 やった事は単純だが、あの一瞬で拳の軌道とスピードを見切ったのか…!


「二本目!」


 突っ込むのは愚策、まずは木刀を受けて…


「がっ!?」


「一本!」


(なあ美香、今の見えたか…?)


『…ギリギリ。 木刀を振ることそのものが囮だった。 聡太が受けることに集中した瞬間に接近されて蹴り飛ばされた…』


 担い手と装者はノータイムで意思の疎通ができる。

 さらに異なる視点で見ることができるため対応力が高い。

 しかし、これは…


「三本目!」


 …刀の間合いを、潰す!

 入る、胴体――


 「っ!?」


 拳が柄で打ち落とされる。

 間髪入れずに放たれる膝蹴りを右手で受ける。


(おっも…!)


 ガントレットをしているにもかかわらず痺れる程の衝撃。

 思わずたたらを踏むが、顔を上げた時には眉間に切先を向けられていた。


「…一本」


 はは、マジか…

 負けは確定だな…

 さ、切り替えろ、攻め方を変える!


「四本目」


 そんな前向きな気持ちを、へし折るかのように。


「…一本…? え?」


 …いつ、近づいた?


『噓… 全く見えなかった…』


 


 人間は動き出す時に必ず動作が必要なはず。

 師匠もそう言っていた。

 なのに、全く、分からない。


 相手の顔を見る。

 全くの無表情。

 淡々と攻撃を放つ妙霧の姿に恐怖を覚える。

 構えた腕が、震える。

 攻撃とか、防御とかじゃない。

 もし、殺し合いなら、オレは…


『ちょっと!? 何弱気になってんの! あんたから仕掛けた勝負に付き合って貰ってるんでしょ? 放棄するのは相手にも、無理聞いて貰った先生にも失礼でしょ! 後で妙霧くんには一緒に謝ってあげるから!』


 …ごめん。

 オレは無理言ってる側だもんな。

 そんな奴が先に折れるのはダサすぎる。


「ふー」


 うん、もう身体は動く。

 弱気になってる場合じゃない。

 最後まで頼むぜ、相棒。

 あ、照れた?

 …ごめんて。


「五本目!」


 妙霧は木刀を逆手に持つと――投擲。

 しっかりと見て、上に弾く。

 今なら相手は無手。

 オレのフィールド、なんて勘違いはしない。

 現に一直線に突っ込んでくる。

 相手の様子を俯瞰しろ。

 迫る貫手を足を使って捌く。

 妙霧の身体が落ちる、足払いか!

 重心を移動させる。

 頭がオレの胸の高さにきた。

 拳を握り、腰を捻る。

 いけ、最短最速で、届け――!






「一本!」


 …はあ。

 惚れ惚れするような技だった。

 確実に捉えたと思った拳は頭を傾けて回避され。

 伸びきった腕を掴まれ。

 さらに一歩こちらに踏み込んでの、一本背負い。

 落ちてきた木刀の柄で胸を小突かれた瞬間、笑いがこみ上げてくる。


「っはは、体術もいけんのかよ」


「ありがとうございました」


 律儀に一礼をしていくアイツ。


 誰だよ、関わらない方がいいって言った奴。

 技の美しさに。

 勝負への向き合い方に。

 人格が反映されるというのなら。

 アイツは良い奴だ、絶対。

 少なくとも、オレの中では。


 決めたわ。

 オレ、いつかアイツの隣で戦えるようになってやる。


 仕方ないなあ、と相棒が苦笑した気がした。

 




 

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