第6話
一つの都市を丸ごと囲んだ壁、その東端。
素早く戦闘服に着替えてから、警備員に許可証を見せ、外に出る。
先程受け取った刀を取り出し、ケースを背中に括り付ける。
「ふぅー」
一つ息をついて、身体強化。
足を踏み出すと同時に、景色が猛スピードで後ろへと流れる。
純粋に筋力を強化するために魔力を巡らせ、大幅に強化されたことによるダメージから保護するために部位に応じて魔力を纏う、基本技能。
いくら壁の外側とは言え、かつては人間の生存圏。
あらゆる場所に生活の名残が垣間見える。
しかし、道中のそれは障害物に過ぎない。
廃車を飛び越え、屋根の上は走り、廃ビルはガラスや壁を破りながら駆け抜ける。
途中で何人もの拾い屋――外側で資源を探して内側へと持ち帰る人々――に驚いたような声を上げられるが、基本的に無視。
壁の近くに時折現れる魔獣は、すれ違いざまに斬り飛ばす。
目指すは、今日の狩場――旧神奈川県。
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「…着いたか」
半分崩れた高速道路の上で止まる。
魔力の反応は多数あり、危険度は1。
しかし向こうから襲ってくることはなく、身を隠してこちらの様子を伺っていたり、何より統率がとれている。
脅威度は若干上がるか。
その場で立ち尽くしていると、痺れを切らしたのか、一斉に飛び出してくる。
獣型、狼の魔獣。
…少し、瘦せている?
飛び出して来たのが4体、隠れているのが2体。
嚙みつこうとしてくるのを回避、首を刎ねる。1体。
そのままもう1体の後ろに回り込み、心臓を突く。2体。
隠れている2体が逃げそう。
左右から挟み込んでくるのを待って右側は前脚を斬り飛ばし、左側は胴体に蹴りを入れる。
電灯に向かって跳躍、三角跳びをして隠れていた2体の脳を串刺し。4体。
もがいている2体にとどめ。
「やっぱり、瘦せすぎてる」
死体の毛皮をかき分けるとあばら骨が浮いている。
少し不穏な空気になる。
魔獣と動物は、現在同時に存在している。
両者の違いは、魔力の有無以外に、明確に人間を狙って襲う点がある。
魔獣は他の魔獣や動物、人間も区別なく捕食するが、満腹時でも人間を襲う。
そして、喰った魔力が多いほど強くなる。
壁の建造に消極的だった日本は、壁に籠ることではなく、魔獣を駆除する方法を模索した。
そこで開発されたのが人間を武器に変えるというもの。
魔力という全く未知のエネルギーは、魔力の量と扱う人間の想像力に応じて様々な現象を引き起こす。
人間の生存圏が狭くなるにつれて、物的資源に依存する銃火器より魔法の重要性は高まっていった。
さらに、強くなっていくスピードが速い魔獣に対応するため、身体強化や、武器を用いた近接戦闘に長けた者に、魔力量が多い者を武器として装備させるという方法が取られた。
戦闘が可能になる人数は減少したが、一組あたりの戦闘力と対応力は飛躍的に上昇、被害は格段に抑えることが可能となった。
武装の形をとり、魔法を扱う者は「装者」、
それを手に魔獣と戦う者は「担い手」と呼ばれる。
しかし、姿を変えることにも相応の負担がある。
武装の姿をとった「装者」は基本的に外的要因によって破損することはない。
もし破損するとすれば、内的要因、すなわち「装者」が何らかの病気や過度のストレスなど、問題を抱えている状態で無理に変形することで可能性が生まれる。
一度破損すると、その装者は命を失うので、担い手となった人は細心の注意を払う。
刀也が言い放ったように、
「『装者』を亡くした」=「『装者』を破損させた」
といった言葉は、
「担い手としての義務を怠った」、「装者に無理を強いた」
の意となり、戦闘に関わる人々から軽蔑の目を向けられる。
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「…原因はアイツか?」
大き目の魔力を見つけて駆けつけると、20メートル弱のトカゲがいた。
ついていくと、濃い血の匂い。
キラリ、と何かが反射したので目を凝らすと、尻尾の根本に一本のナイフが刺さっている。
「…人、喰ってんの?」
刀也の口から低い声が出る。
刀を強く握り締める。
「はっ」
短く息を吐いて、身体強化のギアを引き上げる。
右足は下げ、刃も脇構えに。
身体強化をするように、得物にも魔力を纏わせ、また魔力回路に流し込む。
すると反応して刃に入った線に沿って刀身が展開する。
爆発的に魔獣の首筋に接近し、身を捻りながら斬り上げる。
確かに、肉を斬る手応え。
「…浅いか」
「ギャアァァァ!!」
半ばまで斬り裂くが、両断には至らない。
金属を擦り合わせたような声をあげる。
すると魔獣ならではの再生力で、みるみるうちに傷が塞がる。
概算で危険度は3相当。
削り倒すのは骨が折れる。
攻撃されたことに気づき、暴れ出したので、距離をとる。
左前脚を上げると同時に刀也も加速、懐に潜り込む。
走りながら腱を的確に斬っていき、次の行動を限定していく。
尻尾を刻むと、再び悲鳴をあげる。
右脚だけでこちらへ向き直る――前に跳躍。
車ほどもあるトカゲの頭に降り立ち、どこか無機質な目の、さらに奧、脳に刀を突き立てる。
絶命するのを見届けて、血を払う。
「魔法使って来なかったな… 危険度は2で良かったか…?」
誤解である。
魔法を使う暇を与えなかっただけである。
黙々と解体を始めると、胃袋の中から6人分の人骨が見つかった。
あと4人分の局員証も。
端末を操作し、情報統括部――通称 青――に通信を繋げる。
「はい、こちら魔獣対策局東海本部情報統括部です」
相変わらず長い。
嚙まずに言い切る職員もすごい。
「こんばんは、妙霧です。 旧神奈川県にて危険度2~3の魔獣を討伐時に6人分の遺骨を発見しました。 内4人は局員かと思われます。 照合をお願いします。 」
「…了解しました。 各支部にも通達してよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「ご協力ありがとうございます。 …お疲れ様でした」
通信が切れる。
メッセージの通知には局長から「飲むから付き合え」との旨が。
「…帰るか」
暗くなり始めた空を見上げて、来た道を引き返す。
4人分の、局員証と共に。
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