戦火の魔法学校

「…で、あるからしてこの戦争はより深刻に続いている。」

教師の言葉が教室に響く。しかし、その言葉に対して、フィルルはまったく反応を示さない。机の上で手を組み、あくびを一つ。


「フィルル、集中するように」

教師が睨みつけるように言ったが、フィルルと呼ばれた少年はまるで気にしていない様子で、目を半開きにしながら答える。

「別に、寝てるわけじゃないんですけど…ただ、ちょっと考え事してただけです。」


彼の言葉にはまるでやる気がない。教師は溜息をつくと、黒板に向かって話を続ける。

「戦争が長引けば、それだけ人々の暮らしが脅かされることになる。君たちもいずれ前線に出ることになるかもしれないんだぞ。」

それでも、フィルルの目線は相変わらずぼんやりとしたままだ。

教師の言葉に、他の生徒たちは緊張した面持ちで耳を傾けていたが、フィルルはその場から意識をどこか遠くへと向けていた。ぼんやりと窓の外を見つめながら、心の中で考えを巡らせる。

(戦争が続いてるだとか…正直どうでもいいな、こんなこと。)

彼にとって、教室で話される戦争の話や英雄たちの伝説は、どこか現実味がなく、ただの昔話のように思えて仕方なかった。どれだけ学んでも、彼の日常には全く関係がないように感じていた。


だが、そんな彼の思考を遮るように、教師の声が突然響く。

「そこ、集中しなくても予習しているから授業を聞かなくてもいいとでも思っているのか?ではここはお前に答えてもらおうか、英雄の残した大結晶のそれぞれの能力を答えろ。」

彼の名前が呼ばれ、教室内の視線が一斉に彼に集まる。フィルルは慌てて顔を上げ、目をこすりながら答えを探し始めた。

「えっと、あー…」

思わず口をつぐむフィルル。彼は以前、教科書でその話を読んだことがあるが、どこか他人事のように感じていたため、記憶があいまいだ。

「ロアロックは…守り? ゴルベスは…闇…?」

焦りながら答えるが、周囲の生徒たちはその答えに納得していない様子で、ちらりと教師を見る。


教師は冷静に答えを聞いてため息を一つつく。

「ちゃんと勉強してるのか?していないのであればしっかりと授業を聞くように」

彼の問いかけに、フィルルはただ肩をすくめる。

他の生徒たちの視線を感じながら、フィルルは席に座る。その時、心の中でまた一度、あの戦争がどこか遠い世界の出来事であるかのように感じてしまった。


いつの間にか授業が終わったのか周囲の生徒たちのざわめきが広がる。授業が終わると、フィルルはため息をつきながら席を立った。思考がどこか遠くに飛んでいたため、授業の内容がほとんど頭に残らなかったが、周りの生徒たちは熱心にノートを取っているのを見て、自分だけが浮いている気がした。


その時、後ろから声をかけられる。

「馬鹿だなあ、フィルル。」

振り返ると、そこには幼なじみのレイガンが立っていた。どこか掴みどころのない性格がそのまま声にも表れている。正直幼馴染でもなければ彼と付き合うことなんてない。彼は肩をすくめて、あきれたように言葉を続ける。

「ネッチ先生の授業くらい、もう少し真面目に受けとけよ。」

昨日みたいに授業後に補習なんてこともあり得たんだぞという親友の警告にフィルルは少し顔をしかめながらため息をひとつ溢す。

「そんなに真面目に聞いても意味ないだろ。どうせあの話は僕たちには関係ないし。」

「そういう所が、お前の問題だよな。」

レイガンは軽くため息をつきながら、フィルルの肩をぽんと叩く。

「もっと現実を見ろって。魔法だって、戦争だって、お前の周りには確実に影響があるんだから。」


フィルルはその言葉に少しムッとして、返答をためらった。確かにレイガンの言う通り、戦争は今の世界で現実のものだし、魔法だってこれから自分の手に入る可能性だってある。それでも、今はそれらがただの理論でしかないように感じてしまうのだ。


「分かってるよ、でもなぁ。」

フィルルは肩をすくめると、レイガンに向かって笑いながら言った。

「まあ、戦争なんて僕にできるのは、せいぜい後ろから見守ってることくらいかな。」

レイガンは一瞬、言葉を詰まらせたが、すぐに笑顔を作って頷く。

「…まあ、そうか、そうだな。でも、気をつけろよ?望んでなくてもお前の周りにだって、色々と変化が訪れるだろうからな。」


フィルルはその言葉を聞きながら、手を友人にひらひらと振って教室の外へ歩き出す。だが、心の中では少しだけ、その先に待ち受ける未来への不安が渦巻いているのを感じていた。廊下に出ればその不安がさらに確信的なものに変わっていく。廊下で会話する教師たちの緊張した表情をちらりと見て、胸の中で何かがざわつくのを感じた。普段、無口で落ち着いているはずの彼らも、今はどこか焦りを感じさせる眼差しをしている。

(ああ、気のせいじゃはないのか。)

何か大きな変化が迫っている。空も曇天で生暖かい風ばかりが廊下に吹き込んでいた。


戦況は、確実に悪化している。それはここ2年、街中でも耳にするようになった噂だ。クーファとダーヘンの間で、今まで以上に激しい戦闘が繰り広げられているらしい。ダーヘン側では兵力が不足しており、魔法の力を持つ学生たちが前線に送り込まれているという話も聞こえてきた。自分たちも、いずれその戦火に巻き込まれるのだろうか──。


「戦闘授業は明日か」なんてフィルルは意識的にその言葉を口にしてみるが、あまりにも重すぎる現実をそのまま受け入れることに、どこかためらいを覚えた。いつもなら、こうした特別な授業に対しては少し興奮していたはずだが、今はそれどころではなかった。教師たちの空気が、何かを隠しているようで、ますます不安を掻き立ててくる。もし本当にこのまま戦争が進んでいけば、自分たちも戦うしかない。そのことを頭では理解している。けれども、心はまだ現実を受け入れきれずにいた。


「珍しい、フィルルが授業の予定を把握してるなんて」

いつの間にか後ろに立っていた親友の声に「うわ」と心に溜まっていたモヤを詰め込んだような声が漏れる。そんな反応を気にも留めずレイガンは

「一年の時の自然学習も、二年の時の初級魔法実技ですら全部忘れてて泊まり道具持ってこなかったお前が」

「嫌な予感がするんだよ、三年の実習にこんな科目はなかったはずだから」

「三度目の正直とかではなく?」

「絶対にない、飛行魔法の実習の日は覚えてないし」

隣でとやかく何かを話し続ける声をBGMに足を進める。遠くに見える平原では今でも戦いが続いているのだろう。国を囲む城壁の外に出る人はそうそう居ない。せいぜい命知らずの旅人や学者くらいだ。

(平穏に過ごせればそれでいいじゃないか)

奴隷だろうと、貴族だろうと、農家だろうと、平穏に流されるがまま生きていきたい。なのに自ら危険地帯に足を踏み入れるのは些か理解ができなかった。

そんな城壁の外がこの異例の授業を受ける教室になるのだから、きっとこの不安の種は自分だけのものではない。


考えを巡らせているうちに話し終えたらしいレイガンが、やや疲れた様子で息をつく。

「それでも仕方ないさ。授業なんて、もはや訓練そのものだろ。」

今までの授業とは何かが違う。もはや学び舎という言葉すら、フィルルの中では薄れてしまっていた。ここはもはや、戦争に備えるための場所でしかないのだろうか。


フィルルは小さくつぶやく。

「いくらなんでも、あんな危険な場所での授業を三年生にやらせるなんて、教師たちも考え直してくれたらいいのに。」


レイガンはちらりとフィルルを見て、ふっと肩をすくめた。

「もう、そんなこと言っても無駄だろ。今は戦争が一番大事なんだ。」

フィルルは何も答えず、ただ歩き続けた。周囲の重苦しい空気が、少しでも軽くなってほしいと思っていた。

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