行方不明だった恋人がズタボロになって帰ってきたので徹底的に癒やしてあげる話

かくろう

【第1章】 奇蹟の再会

第1話◇その言葉を、ずっと聞きたかった◇

『もう一度、彼女にしてくれませんか……』


 消え入るような声で、彼女はそう言った。

 別れた彼女から、復縁を求められる。


 未だ気持ちが切れていなかった俺にとって、それはどんな福音よりも価値のある言葉に他ならない。


 懐かしく、もう忘れたくなくても記憶から遠ざかってしまうほど久しく聞いていなかった声の持ち主が目の前にいる。


 その日はとても気温が低く、雪でも降るのではないかと思ってしまうほどの冷たい夜だった。


 手がかじかむほどの凍える寒さの中、俺はいつものように会社からの帰り道を歩き、家路に着くところだった。


 作るのも面倒だったので、近所の定食屋で夕食を済ませ、傘を差しながら自宅に差し掛かった時だった。



  会社から帰り、アパートの前に到着した時、冷たい冬の雨が降りしきる夜の闇に紛れて、ぼんやりとした明かりの中に人影を見つけた。


 アパートの照明に照らされた階段のところにうずくまっている女性がいたのだ。


 それは一方的に別れを告げて俺の前からいなくなってしまったかつての恋人だった。


『ごめんなさい……他に好きな人ができてしまったの。別れてください』


 そんな言葉を突きつけられ、大好きな彼女から別れを切り出されたのがもう五年前。


 だが、俺はそんな言葉は信じなかった。


 必ず何かがあったに違いない。何か理由があるに違いない。


 そう思って、何年にもわたって探し続けていた。


 お互い恋愛初心者同士で始めた恋人関係。


 高校3年生から卒業、そして大学の1年間、恋人として付き合ってきた俺達。


 俺は、誰よりも彼女のことが好きだった。学校一の美女と呼ばれる先輩よりも、どんな女生徒より彼女は魅力的に見えた。


 一見すると地味な印象だった彼女。

 最初に出会った頃は、三つ編みと眼鏡、猫背で小声という、少し引っ込み思案な性格だった。


 幸せだった日々は、今でも鮮明に思い出せる。


 お互いに決して積極的な性格ではなかった俺達。


 それでも、少しずつ二人三脚で歩んできた。


 高校を卒業し、大学生になってもずっと付き合っていこう。


 そして将来は結婚しようなんて、青臭いことも言ったりした。


 そう誓い合って違う大学ながらも週一でデートしながら付き合っていた。



 だが、破局の時は突然訪れた。


 ある日のこと、彼女の方から一方的にメールで別れを切り出されたのだ。


 青天の霹靂だった。


 俺が嫌われた様子もなく、つい先日まで普通だったのだ。


 大学生活が始まって、二年生になってすぐの頃だった。


 確かにあの頃の彼女は、地味だった自分を脱却しようとドンドン綺麗になっていった。


 染みやそばかすも徐々に消え、元々可愛らしい顔付きも相まって気に入る男は増えそうな予感はしてた。


 だがそれも、彼女が自分を高めたいと頑張った結果だ。


 器の小さい俺は、できるだけ表に出さないようにはしていたが、それでも彼女を誰かにとられないか毎日不安だった。


 俺だって彼女に釣り合うように自分を高める努力はしていたが、それでも追いついているか常に不安だったのだ。



 だが、彼女は常に俺を好きだと言ってくれていた。


 そんな彼女が突然別れを切り出すなど考えられない。


 納得のできない俺は、彼女と話し合いにいった。


 未練がましい男のみっともないあがきだと言われてもおかしくないが、それでも諦められなかった。


 しかし、彼女を見つけることはできなかった。やはり普通ではない。有り得ない。


 そこから数年。


 一切の連絡が取れず、これまで何をしていたかも分からなかった彼女が、今俺の目の前にいる……。


 記憶にある彼女とは違う艶のある長い髪。


 三つ編みだった髪型はストレートに下ろされ、雨でずぶ濡れになっていてもなお美しい髪であることが分かる。


 かつての体型よりも肉感的で、グラマラスなスタイル。


 俺の知っている彼女より、強く感じる「女」の部分。


 俺の知らない何かを感じさせる、見たことのない色気のある仕草、表情。


 そして、スパンコールがキラキラと眩しい煌びやかなドレス。


 それが意味するものはなにか?


 何故戻ってきたのか……これまで何があったのか……?


 それはまだ分からない。



 年月が経ってもなお、俺の住所を知っているのは何故か。


 それは連絡が取れなくなってからも、彼女が戻りたくなった時のために引っ越さずにいたからだ。


 未練がましいと笑わば笑え。


 俺にとって加奈ちゃんは、それだけ存在の大きい女性だったのだ。



 地味で引っ込み思案だが決して根暗ではなく、好きなアニメや趣味の話題では饒舌になる彼女。


 俺と付き合っている時も、お互い大好きだったラノベの話で盛り上がったり、フルーツタルトを一緒に作ったりもした。



 恋愛小説みたいな甘い言葉を囁き合ったり、ちょっとエッチな少女漫画みたいな、夢見がちなところがある彼女の願望を叶えて、キザな台詞を言いながらセックスをしたり。


 一緒に好きなものを共有し合った。

 彼女の好きなことを好きになる瞬間が、大好きだった。


 だが、そんな頃の面影は微塵も残っておらず、瞳の輝きは暗く淀んだ沼のように沈みきっていた。


 浮かび上がるシルエットから、すぐに彼女だと思い駆け寄った。


 だが、目の前にいるのが本当に彼女なのか、近づくにつれて判別が付かなくて、飛び出したい気持ちと、確かめるのが怖い気持ちが入り交じって動きが鈍くなる。


 その姿は俺の知っている彼女とはまるで別人だったからだ。


 肩くらいまでの長さだった髪は腰まで長く伸び、平均的だったバストは衣服を大きくを押し上げるほど豊かに育ち、相反するようにくびれたウエスト、そこから伸びる理想的な流線型を描き出すふくよかなお尻。




 以前のような素朴な感じはなく、今風の女性として相当にレベルの高い容姿に変貌していた。


 雨に濡れて化粧はしていないようだが、普段から肌の手入れはしているのだろう。透き通るような白い肌をしている。


 寒さで蒼白になっていても、その美しさが衰えているようには見えない。


 悩みだったそばかすも完全に消えている。

 以前の彼女は、非常に可愛らしかったが決して美人といわれるタイプではなかった。


 整った眉と鼻筋。薄かった唇はぽってりと厚みを増し、柔らかさが触るまでもなく伝わってくるようだ。


 最後に会った時の、ドンドン綺麗になっていった時の彼女とは異質の、明らかな"完成された女の色気"を含んだとんでもない美人になっていた。


 女はたった数年でこんなにも変わってしまうのだということを、まざまざと見せつけられた思いがした。


 俺と別れている間、きっと色々なことがあったのだろう。


 彼女は、肉感的な……ぶっちゃけていうと、かなりエロい身体になっていた。



 むしろ、そのあまりにも肉感的で妖艶な姿は、一般的というより、"そういうお店"の人のように色気に富んでいるように見える。


 だが、俺にはそういったことに劣情を抱く気分にはなれなかった。


「まさか…… 加奈ちゃん……?」


 恐る恐る、声をかける。


 俺が声をかけると、うずくまって顔を下向けていた彼女がゆっくりとこちらを見上げる。


 淀んだ瞳で俺を見つめるその口元が、鈍くつり上がっていた。


「克明君……あはは……久し、ぶり……」


「加奈ちゃん、やっぱり加奈ちゃんッ!」


 以前と同じ、俺を呼ぶその声に……俺は彼女が本当に俺の知っている加奈ちゃんであることを確信した。


 だけどそのことを手放しに喜ぶことはできなかった。


 なぜなら、目の前に帰ってきた彼女は……まるで死んだ魚のような、濁った目をしていたからだ。


  あの眼鏡の奥に輝いていた綺麗な瞳は見る影もなく、暗く、淀んだ、光のない眼だ。


 降りしきる雨の夜。しんしんと降り積もる雪よりも冷たいとさえ感じる雨の夜。


 会社から帰ってきた俺のアパートの片隅で、うずくまっていた人影。


 ありとあらゆる事に絶望しきったかのような、この世の終わりのような憔悴した瞳。


 差していた傘も投げ出して、ずぶ濡れになるのも構わず走り出して彼女を抱き締める。


 別れを告げられたとか、嫌われたかもしれないとか、そんなことは頭から吹っ飛んでいた。


「加奈ちゃんッ、加奈ちゃんッ!! ずっと、探してたんだ……会いたかったよ、加奈ちゃん……」


「私も、私も会いたかった……ずっと、ずっと会いたかったよ……」


 力の籠もった腕に、悲しみが込められているような気がした。


 安堵と不安。悲痛な思いと共に溢れてくる愛しさが彼女から伝わってくる。




 そして、本当に縋るような瞳を俺に向けて、こういった。



「克明君……もう一度、彼女にしてくれませんか……?」



 顔をグチャグチャに泣きはらして、傘も差さずにずぶ濡れの姿は居た堪れない。


 その縋るような壊れた笑顔を見て、のっぴきならない事情があることは容易に想像できた。


 その訴えを俺は即座に受け入れた。


 その言葉を、ずっと聞きたかったんだから。


 それが俺の恋人、【月宮 加奈子】との再会だったのだ。



――――――

※後書き※

こんにちは、作者かくろうです。

突然行方不明になった恋人が、これまた突然帰ってきた。別れ話をしたのに諦めきれなかった主人公。

ただひたすら帰りを待ち続けた彼の前に現われた、かつての恋人の変わり果てた姿。


はたしてそれらが意味するものはなんなのか。

傷付いているであろう恋人を、徹底的に優しさと思いやりで癒やす復縁の物語です。


【お願い】

今回のお話はバリクソに設定が重たく、途中で気分が悪くなる可能性が高いです。

タグにも付けたとおり、お話はもちろん完全ハッピーエンドを目指す2人の物語ですが、心臓の弱い方は覚悟してお読みください。


もう一度いいます。本作は非常に設定が重たく、気分が悪くなる可能性が非常に高いので、


ハッピーエンドだけど重たい話が苦手な方は、絶対に読まないでください。

それでもいい方は、第2話へどうぞ。


※なお、本作は例によってノクタ版の再編集版となっております。危ないワードやシーンを大幅にカットしているので、話が飛んでいるように見えるところがあるかもしれません。

ノーカット版は別サイトにあります。

ノクターンノベルズ、ハーメルン、お好きな方で探してみてください。

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