第一章 皇帝の正体④



「君は先ほど、私に対して初対面だと言ったが。私はもともと君に対して興味をいだいていたのだ。そして、今日実際に会って話して、確信した。こうとして隣にいてほしいのは君だと」

 そう言って、大広間でも述べたが直感には自信があるほうなのだ──と、カイナス皇帝がゆうを感じさせるみを浮かべる。

「それに、私はこの手紙を通じて君を知っていたし、君も私の本を読んでいたということは全く私の人となりを知らないわけではないだろう。となれば、完全に初対面というわけでもない」

 …………ん?

 …………陛下? それはちょっと、流石にべんというか、拡大かいしやくではないですか──?

 そんな思いが私ののどもとまで出かかったが、流石に相手が皇帝であるということが自らを制し、喉奥に押し込んだ。

「私が求める皇妃は、皇帝としての私を支えてくれるのはもちろん、作家としての私をも認めてくれる人物だ。そう考えたら、私が君をす理由もわかってもらえると思うのだが」

 カイナス皇帝がかかげたファンレターには、悲しいくらい見覚えのある字で私の名前と住所が書かれていた。

 なぜ、名前だけでなく住所まで書いてファンレターを送った過去の私──、と自分を責めたい気持ちがきあがったが、しかし逆に言えばこの手紙のおかげでアルベルト様からこんやくをされたきゆうを救ってもらえたようなところもあるので、いちがいに悪いことばかりではないのだけれど。

「君がもし、先ほど私が言った〝妻〟という言葉に重荷を感じるなら、最初は友人のような関係を築くところからでいい。ただ私は──、もうすでに、どうしてもそばにいてくれる女性が必要であるならば、それは君がいいと思ってしまったのだ」

 そして君が私の求めにこたえてくれるのなら。新作の原稿も君に一番に見せよう──と。

 どうにも切実にそう伝えてくるカイナス皇帝の様子と、おそらく本当に助けが必要なほどに忙しいのであろう、雑然とした室内の様子を見て。

 私は、胸中で一つの決心を固めると、それを自らに言い聞かせるよう小さく息をいた。

「…………わかりました」

 そう告げると、目の前でカイナス皇帝がはっと息をんだのがわかった。

「陛下のご期待にどこまでえるかはわかりませんが。皇妃として公務を行うことと、作家としての陛下を支えること。この二点については、お引き受けさせていただきます」

「…………! 本当か……!」

 私の言葉に、カイナス皇帝が喜びを見せるようわずかにこしかせる。

「──ただ」

 そう言うと私は、腰を浮かしかけたカイナス皇帝を押しとどめるように、言葉を続けた。

「……わたくしは、こわいのです」

「…………なにがだ」

 この先の言葉をどう続けるか、まだ迷い続ける私に、カイナス皇帝がしんみようおもちでたずねてくる。

「……アルベルト様も、わたくしと婚約してくださったばかりの時は、それはおやさしい方でした」

 ──だけど。

 周囲が私をめそやし始めたのをきっかけに、がらりと態度が変わってしまった。

「人の気持ちが変わるのはいたし方のないことです。それでも……。多少なりともおもいを抱いた相手からきらわれてしまうのは、それはとてもつらいことです」

「…………」

 カイナス皇帝が、アルベルト様とはちがうこともわかっている。

 もっと広い視野で物事を見つめ、相手を思いやり接することができる人だということも。

「わたくしも、この短い時間ではありますが、陛下のことはとても好ましい方だと思うようになっております。ですが──、だからこそ怖いのです」

 自分でも──めんどうくさい性格だと思う。

 せっかく大国の皇帝というがたい人物が差し出してくれた手を、そのままなおに取ってしまえばいいのに。でも。

 カイナス皇帝の人となりが好ましかったからこそ、私は怖くなってしまった。

 この手を取って、また──ほどかれてしまったら。

「ですので、しばらくの間は、先ほどお引き受けさせていただいた二点にのみ注力させていただくことをお許しいただけないでしょうか」

「それは……」

「陛下が先ほどおつしやってくださったように、まずは仕事上のパートナーとして。そして友人のような関係を築くところから始めさせていただきたいのです」

 ──正直に言うと。

 今までの一連の話の中で『断る』というせんたくはとっくになくなっていたのだ。

 だって、カイナス皇帝はこんなにも切実に私を必要だと言ってくれているし。

 しかも推し作家だし。

 仕事で能力を発揮しながら、推し作家のサポートまでできる機会などそうそうない。

 あと、先ほどちらりと『新作の原稿を一番に見せてくれる』と言ったのも忘れていない。

 それでも、こんなにぐだぐだうだうだとなやんでいたのは、私が、カイナス皇帝とどういう関係から始めていけばいいかを迷っていたからだ。

 最初から──、ただ仕事ができる女性を求められているだけならよかった。

 でも、カイナス皇帝の話を聞くとそれだけでもないような気がした。

 そうして、下手へたみ込んで。

 また──、今日アルベルト様にされたようなことが再び起こるのが怖かったから。

 でもそれが。散々話し合った結果、『まずは仕事に全力投球すればいい』というおすみきをいただけたことで、ひとつ気持ちがスッキリした。

「──いや、そうだな」

 まずは、どんな形であれ、いつしよにいてくれるのであればそれでいい──。

 それは私に向けてではなく、彼自身が自分に向けて言い含めているようにも聞こえた。

「改めて──ルシェル・エーデルワイスじよう。どうか私のために、オルテニアの皇妃になってもらえないだろうか」


 ──こうして、私が正式に、オルテニア帝国の皇妃となることが決まったのだった。

 帰りぎわ、ちゃっかりエルマ・テラーのサインをもらって帰ることも忘れなかった。

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